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ウクライナ侵攻

ロシア軍がウクライナに侵攻。米欧や日本は対露制裁を決めるなど対立が先鋭化しています。

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「真実伝えたい」 ふる里を2度追われた女性が語る祖国への思い

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名古屋市が主催したウクライナ人避難民を対象にしたイベントに参加し、生活支援の説明などを真剣な表情で聴くエリザベータ・コロトコバさん=名古屋市内で2022年4月8日午後2時14分、田中理知撮影
名古屋市が主催したウクライナ人避難民を対象にしたイベントに参加し、生活支援の説明などを真剣な表情で聴くエリザベータ・コロトコバさん=名古屋市内で2022年4月8日午後2時14分、田中理知撮影

 ふる里を追われるのは2度目となった。一度は2014年に始まったウクライナ軍と親露派武装勢力の紛争で、そして今回のロシア侵攻で。家族と暮らしていたアパートは度重なる砲撃を受け、親しくしていた隣人が犠牲になった。「私の心そのもの」というふる里を離れ、名古屋市に避難してきたウクライナ人女性(22)はロシアの侵攻後、氷点下10度近くの地下で過ごした日々、残してきた家族や祖国への思いを静かに語り始めた。

第二のふる里を襲ったロシア侵攻

 女性はエリザベータ・コロトコバさん(22)。ロシア侵攻前までは首都キーウ(キエフ)に隣接する都市イルピンに住んでいた。地元の大学院で学びながら、化粧品などのデザインを手掛ける仕事にも就いていた。

 3月26日、各国の言語を教え合うアプリで知り合った友人の日本人男性(24)を頼り、一人で名古屋市に避難した。日本に到着した時は「ほっとした」と同時に、仕事を失い、家族とも離ればなれになったため、言い知れぬ不安も覚えた。

 ウクライナ東部ドネツク州で生まれたが、14年から始まった紛争の影響で、一家はイルピンへの移住を余儀なくされた。18歳の時だった。「全てを置いてイルピンに来た。家族や親族は仕事も家も再び見つけなければならなかった」と振り返る。

 つらい時期を乗り越えたからこそ、家族との結びつきは強い。イルピンでは母(42)、祖父(66)、祖母(66)と暮らし、同じアパートの一つ下の階には親族も住んでいた。夕食時にはよく集まって食卓を囲むなど、いつも一緒だった。イルピンの美しい街並みも気に入っていた。近くの大きな公園は緑豊かで季節ごとに木々が色を変えて彩り、中心部はクリスマスシーズンになるとライトアップされ、多くの人でにぎわった。

 2月24日。第二のふる里はロシアが侵攻を始めたこの日を境に一変した。…

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【ウクライナ侵攻】

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