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桶川ストーカー殺人事件は、埼玉県桶川市で1999年10月、元交際相手の男性らからストーカー行為を受けていた大学2年の猪野詩織さん(当時21歳)が、男性の仲間に殺された事件である。警察の対応が問題視されるとともに、ストーカー犯罪の法整備が進むきっかけとなった。遺族は今も、再発防止を訴えて講演活動などを続けている。
事件概要

事件名 | 桶川ストーカー殺人事件 |
発生日時 | 1999年10月26日午後0時50分ごろ |
場所 | 埼玉県桶川市 |
被害者 | 大学2年の猪野詩織さん |
容疑者 | 猪野さんの元交際相手の兄ら男性4人 |
動機 | 交際を絶たれたことへの逆恨み |
判決 | 無期懲役~懲役15年の実刑 |
影響 | 事件を機にストーカー規制法が成立 |

1999年10月26日、埼玉県桶川市のJR桶川駅前で、大学2年の猪野詩織さん(当時21歳)が刃物で刺殺された。猪野さんは元交際相手の男性(以後Aと表記)やAの兄らからストーカー被害を受けており、99年12月、兄ら4人が殺人などの容疑で逮捕された。Aは指名手配後に北海道で自殺しているのが見つかった。
猪野さんは最寄りの県警上尾署にストーカー被害を相談していたが、署員らが告訴をなかったことにするため調書を改ざんしていたことなどが発覚。関与した元署員3人が懲戒免職処分を受ける不祥事に発展した。元署員3人は虚偽有印公文書作成罪などで起訴され、いずれも有罪となった。

事件を受けて2000年5月、ストーカー規制法が成立し、対策は進んだが、その後もストーカーに絡む殺人事件が度々起きている。
事件に至る経緯
殺人罪で有罪となった4人の確定判決などによると、猪野さんは99年1月ごろからAと交際を始めたが、しだいに暴力を振るわれるようになった。猪野さんは別れ話を切り出したがAは応じず、逆に猪野さんを脅したり嫌がらせをしたりするストーカー行為が始まった。Aの兄で風俗店経営の男性も、Aと一緒に猪野さん宅に押しかけて「誠意を示せ」と迫るなど、嫌がらせは徐々にエスカレートしていった。無言電話も度々あった。
殺人罪などで有罪になった4人と量刑 (年齢は逮捕時) |
猪野さんの交際相手の兄の風俗店経営者(33) 事件の首謀者、無期懲役 |
風俗店長の男性(34) 殺害の実行役、懲役18年 |
無職の男性(32) 見張り役、懲役15年 |
風俗店経営の男性(31) 車の運転手役、懲役15年 |
Aはその後も交際を拒絶され、落ち込んだ様子だったことから、兄は猪野さんや家族の名誉を傷つけ、それがうまくいかない場合は猪野さんを殺害しようと企てた。6月下旬、自身が経営する風俗店の店長の男性に「殺したいやつがいる。金は出す」と殺害を依頼。男性は報酬が得られるほか、仕事で恩義を感じていたことから引き受けることにした。
7月には、兄ら4人はAと共謀し、猪野さんの自宅周辺などに中傷ビラ約340枚をばらまいた。翌8月には猪野さんの父憲一さんの勤務先などにも中傷文書約790通を送りつけた。
しかし、その後もAからの相談が続いたため、兄は殺害を決意。10月26日午後0時50分ごろ、4人で共謀し、桶川市のJR高崎線桶川駅西口のショッピングセンター前の歩道で、猪野さんを刃物で刺して殺害した。風俗店長の男性が殺害の実行役で、他は見張りなどをした。
刺殺事件を受け、埼玉県警は上尾署に捜査本部を設置して捜査を始めた。約2カ月後の12月19日、風俗店長の男性を殺人容疑で逮捕した。翌20日には、兄ら3人についても殺人容疑で逮捕した。
兄は成功報酬として、風俗店長の男性に1000万円、他の2人にそれぞれ400万円を支払った。その後、4人は殺人容疑だけでなく中傷ビラをまいた名誉毀損(きそん)容疑でも逮捕、起訴された。
難航する真相解明
猪野さんの元交際相手のAは、兄らに中傷ビラの配布を依頼したなどとして00年1月16日に名誉毀損容疑で指名手配されたが、1月27日、北海道弟子屈町(てしかがちょう)の屈斜路湖(くっしゃろこ)で水死体で見つかった。自殺とみられる。Aは、兄らが中傷ビラを張り出す前日の99年7月12日に沖縄県に渡り、同11月から北海道にいたとみられる。
捜査の鍵は、猪野さんに対するAのストーカー行為に、兄が積極的に関与し、知人らに多額の報酬を払ってまで殺害を実行するに至った経緯をどこまで解明できるかだった。しかし、Aは死亡し、兄も殺害への関与を否定したため、兄弟間の具体的なやりとりは明らかにならなかった。
検察側は初公判の冒頭陳述で、兄が実行役の風俗店長の男性に「〇〇(実行役の名前)さん、やってください。Aからガンガン言われて困っているんですよ」と殺害を依頼した経緯を説明したが、Aの意思が、その依頼にどのように反映されていたのかは分からないままだった。
Aは00年2月に名誉毀損容疑で書類送検されたが、既に自殺していたため不起訴処分となった。
首謀者に無期懲役
浦和地検(現さいたま地検)は00年1~2月、Aの兄の風俗店経営者や、殺害の実行役の風俗店長の男性ら4人を殺人、名誉毀損などの罪で起訴した。
00年5月から浦和地裁(現さいたま地裁)で始まった公判で、風俗店長の男性ら3人に殺害を依頼したとされた兄は「身に覚えがない」と殺人事件の無罪を主張した。運転手役も否認したが、他の2人は起訴内容を全面的に認めた。猪野さん宅の周辺に中傷ビラをまくなどした名誉毀損については、兄は起訴内容の一部を認め、他の3人は全面的に認めた。
地裁は03年12月、兄を刺殺事件の首謀者と認定し、求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。判決は、交際を断られたAのために猪野さん宅に押しかけたものの、追い返されたために「仕返しをしてやろう」と名誉毀損行為を繰り返し、自分が経営する風俗店の店長ら3人に殺害を頼んだと認定した。

県警の捜査怠慢

事件を巡っては、猪野さんからストーカー被害の相談を受けていた埼玉県警上尾署が、告訴をなかったことにするため調書を改ざんするなど犯罪行為にまで手を染めていたことが明らかになった。事件処理の負担を減らそうとした“手抜き”が背景にあった。
告訴の取り下げを要請したとの疑惑は、99年10月の刺殺事件発生当初から関係者の間で取りざたされていたが、県警幹部らは「そんな事実は全くない」と否定していた。00年3月になって国会などでも疑惑が追及されたが、県警側は「告訴取り下げを要請されたというのは遺族の誤解」との認識を示した。これに対し、猪野さんの父憲一さんは記者会見を開くなどして反論した。
県警は同月、監察官室などから成るチームを設置し、内部調査を始めた。翌4月、猪野さんの調書を改ざんしたとする虚偽公文書作成・同行使容疑で、上尾署の元刑事2課長の警部▽元同課第1係長の警部補▽元同課の巡査長――の3人を書類送検し、懲戒免職処分とした。当時の県警本部長や刑事部長、上尾署長ら9人も減給などの処分を受ける前代未聞の不祥事となった。
県警の発表によると、元署員らは99年9月、猪野さんが名誉毀損容疑で提出していた告訴を受理していなかったように装うため、供述調書の「告訴」を「届け出」に変えるなどして改ざんした。調書とのつじつまを合わせるため、猪野さんの母親に告訴の取り下げも要請。告訴を受理すると速やかに事件処理をする義務が生じるため、元警部が「告訴でなく被害届でいい」と元巡査長に指示していた。
猪野さん宅周辺に中傷ビラがまかれた名誉毀損事件では、立会人となった猪野さんの母親にビラを捨てさせて押収していなかったことをごまかすため、「署員が押収した後に廃棄処分した」とする虚偽の捜査報告書などを作成していた。
猪野さんが最初に上尾署に相談したのは99年6月で、翌7月には告訴もしていた。だが、名誉毀損事件の捜査はほとんど進展せず、猪野さんは10月に殺された。県警の西村浩司本部長(当時)は記者会見で「名誉毀損事件がまっとうに捜査されていれば、刺殺事件は避けられていた可能性があり、痛恨の極みだ」と陳謝した。
書類送検された元署員3人はその後、在宅起訴され、浦和地裁は00年9月、いずれも執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。裁判長は、猪野さんの名誉毀損被害の捜査に消極的だった元署員らを批判し、「迅速な捜査を行っていれば、恐らくは詩織さん殺害という事態は起こらなかった」と厳しく非難した。
判決で認定された上尾署の対応は、国民の命を守る警察官として、あるまじきものだった。「早くA(猪野さんの交際相手)を捕まえてください。これからまた何をされるか分からない」。こう訴える猪野さんと母親に対し、元警部は「警察は告訴がないと捜査できない」とつっぱねた。「今日告訴しますから」と懇願しても、「お嬢さんは嫁入り前だし、裁判になると恥ずかしいことや嫌なことを言わないといけなくなりますよ」などと言って応じなかった。
元巡査長は、元警部にストーカー被害の捜査態勢を組むよう依頼したにもかかわらず、聞き入れてくれないことから、元警部の上司である刑事生活安全次長の目に留まるよう捜査の記録を決裁に上げた。しかし、次長は「犯人が特定されていないのだから、告訴状を取らなくとも被害届で捜査すればよかったんじゃないか」と注意し、元巡査長が調書を改ざんした。上尾署は、告訴の処理状況が県内最下位近くだったため、次長は成績がさらに悪くなることを恐れたという。
猪野さん刺殺事件と捜査の主な経緯(埼玉県警の調査報告書などから)
1999年6月14日 | 猪野さんの元交際相手が兄らと猪野さん宅に押しかける |
15日 | 猪野さんと母親が上尾署に相談 |
7月 13日 | 元交際相手の兄らが猪野さん宅周辺に中傷文書をばらまく |
15日 | 猪野さんと母親が上尾署へ(22日も) |
29日 | 猪野さんが容疑者不詳のまま名誉毀損容疑で告訴 |
8月23日 | 猪野さんの父親の勤務先に中傷文書が届く |
24日 | 猪野さんと両親が上尾署へ |
9月7日ごろ | 巡査長が調書の記載のうち「告訴」を「届け出」と改ざん |
21日 | 巡査長が猪野さんの母親に告訴の取り下げを要請。母親は拒否 |
10月26日 | 猪野さんが刺殺される |
埼玉県に賠償命令

猪野さんの両親は00年12月、埼玉県警が捜査を放置したために娘が殺されたとして、国家賠償法に基づき県に約1億1000万円の損害賠償を求めて提訴した。県警は上尾署員3人の処分発表時、捜査が適切に行われていれば殺人事件を避けられた可能性もあると説明していたが、裁判では一転して捜査放置を否定した。
さいたま地裁は03年2月、名誉毀損事件の捜査怠慢を認めて県などに慰謝料550万円の支払いを命じたものの、捜査の怠慢と殺人事件の因果関係については「捜査によって死亡を回避できたと推測することは困難」などと否定した。東京高裁も1審判決を支持し、殺害に対する県警の責任は認めなかった。06年8月、最高裁第2小法廷が両親の上告を棄却する決定を出し、1、2審判決が確定した。
被告らに1億円支払い命令
猪野さんの両親は00年10月26日、猪野さん殺害や名誉毀損などに関与した人物やその親ら計17人を相手取り、慰謝料など1億1460万円の損害賠償を求めて浦和地裁(現さいたま地裁)に提訴した。猪野さんが亡くなった一周忌に合わせた動きだった。
地裁は06年3月31日、刺殺事件の首謀者で、猪野さんの元交際相手であるAの兄やその両親ら4人に計1億566万円の支払いを命じ、1審判決が確定した。判決は「(猪野さんの)元交際相手は兄を通じて殺害させた」として、刺殺事件の刑事裁判で認められなかった元交際相手による殺害指示を初めて認定した。4人以外の被告は、賠償命令を受けたり和解に応じたりしている。

ストーカー規制法制定

猪野さんの事件をきっかけに00年5月、ストーカー規制法が成立し、同11月に施行された。それまでは、ストーカーは脅迫や暴行などの事件に発展しなければ摘発できなかった。交際を迫って嫌がらせなどをした場合、加害者に警告などの「行政処分」を出し、悪質な場合は警察が摘発して懲役または罰金刑を科すことができるようにした。
12年11月、神奈川県逗子市で、フリーデザイナーの女性(当時33歳)が元交際相手の男性(同40歳)に殺害される事件が発生。この男性が1400通以上のメールを送っていたが、当時は規制対象にメールは含まれておらず摘発できなかった。そのため、13年6月、拒む相手に電子メールを繰り返し送ることを禁じる法改正がされた。
16年5月には、東京都小金井市で、芸能活動をしていた女子大学生(同20歳)が、ツイッターなどでしつこくメッセージを送っていたファンの男性会社員(同27歳)にナイフで刺される殺人未遂事件が起きた。この事件を受け、SNS(ネット交流サービス)で執拗(しつよう)にメッセージを送るなどの行為も同法で規制した。
21年5月には3度目の法改正があり、全地球測位システム(GPS)機器を使って相手に無断で位置情報を取得する行為なども禁止された。従来、警察はGPS機器を利用して元交際相手らの居場所を把握する行為をストーカー規制法が定める「見張り」に当たるとして摘発してきたが、最高裁が20年7月に「見張り」に当たらないとの初判断を示し、同法の適用が難しくなった。このため、警察庁はGPSについても規制対象に追加した。

主なストーカー事件
猪野さんの事件後も、ストーカーを巡る殺人などの重大事件は各地で起きている。
長崎ストーカー殺人事件

2011年12月16日、千葉県内で同居していた女性を連れ戻そうとした無職の男性(当時27歳)が、長崎県西海市の女性の実家に侵入し、女性の母親(同56歳)と祖母(同77歳)を刺殺した。事件を巡っては、事前にストーカー被害の相談を受けていた千葉県警や長崎県警などの連携不足が問題となった。事件を受け、警察庁は12年、警察署が相談を受けた男女間の暴力トラブルは警察本部に速やかに報告し、本部の担当者が本部間の連携を図ることなどを求める通達を全国の警察に出した。
逗子ストーカー殺人事件
12年11月6日、神奈川県逗子市のフリーデザイナーの女性が、元交際相手の男性に刺殺され、男性は自殺した。県警は前年の11年6月、女性に対する脅迫容疑でこの男性を逮捕したが、逮捕状に記載した女性の結婚後の姓と住所の一部を読み上げていたことが問題となった。これを受け、全国の警察では、ストーカー事件や性犯罪などで被害者の名前や住所などを伏せて逮捕状を請求する動きが広がった。
三鷹ストーカー殺人事件

13年10月8日、東京都三鷹市の私立高校3年の女子生徒(当時18歳)が、自宅に侵入して待ち伏せしていた元交際相手の男性(同21歳)に刺殺された。女子生徒は事件当日、両親と警視庁三鷹署を訪れ、男性が京都市から上京して通学路に立っていたことや、自殺をほのめかす電話やメールを受けたことを相談したが、署員は危険性が切迫しているとは判断せず帰宅させていた。
北九州女性殺害事件
21年11月1日、北九州市小倉北区で、女性(当時49歳)が元交際相手の男性会社員(同52歳)にナイフで刺されて殺害された。女性は事件前、福岡県警小倉北署に「(男性から)連続して電話やメールが来る」と相談していた。同署は男性に口頭で警告し、その後、ストーカー規制法に基づく緊急禁止命令を出していた。