小鹿野に残るガラス乾板

小鹿野に残るガラス乾板/上 いつ撮影か、謎を追う 旧白川橋と秩父夜祭の屋台 /埼玉

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ガラス乾板で撮影された旧白川橋。1929年の完成から時間を経ての撮影か(須田修さん提供)
ガラス乾板で撮影された旧白川橋。1929年の完成から時間を経ての撮影か(須田修さん提供)

 戦前に普及したガラス製のモノクロネガ「ガラス乾板」が、小鹿野町元副町長、須田修さん(69)=同町=の自宅に残っていた。ネガには秩父市の旧白川橋や祭りの屋台が写っていたが、いつ、どこで、誰が撮影したのか、はっきりしない。記者は謎解きを進めた。【山田研】

 取材のきっかけは、須田さんが3月、市立荒川歴史民俗資料館にネガを持参したこと。1929(昭和4)年に完成した荒川の旧白川橋は戦前の吊り橋としては国内有数の大きさとされる。資料館は建設時に撮影された写真の展覧会を開催し、橋に関する情報提供を広く求めていた。

 来館を事前に聞いた記者は早速、須田さんに話を聞いた。須田さんによると、元同町助役の父・博二さん(1908~95年)の遺品を自宅で整理中、複数のネガを見つけた。添えられたメモに「荒川村白久(しろく) 秩父郡初の鉄●●(●は判読不能)橋 荒川にかけた」と手書きされていた。須田さんは旧白川橋と考えネガを持ち寄った。

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