語り継ぐ、露艦救助劇 江津沖で航行不能 日露戦時下 住民の歴史、祭りや講話で /島根

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
地元の小学生とロシアの子どもらとの交流の写真を見せる野田久雄さん=島根県江津市で、共同
地元の小学生とロシアの子どもらとの交流の写真を見せる野田久雄さん=島根県江津市で、共同

 日露戦争で被弾したロシア・バルチック艦隊の輸送艦「イルティッシュ号」が島根県江津市沖で航行不能となり、投降した乗組員200人以上を住民が救助した逸話が同市和木町で語り継がれている。「戦時中に敵国を助けた先人の歴史を広めたい」との思いからだ。

 1905年5月27日、日本海海戦に参加したイルティッシュ号は対馬沖で日本艦隊の砲撃を受けた。翌28日、和木町の沖約2キロで動けなくなり、その後に沈没。浜辺に集まった住民は海中に飛び込み、乗組員が乗るボートを引っ張るなどして救助に当たった。

 翌年から、この出来事を語り継ぐ行事が地元で開催され、いつしか「ロシア祭り」と呼ばれるようになった。和木地域コミュニティ交流センターには艦隊の遺品が展示され、敷地内にはロシア人殉職者の慰霊碑が立つ。地元の小学生とロシアの子どもらとの交流も続けてきた。

この記事は有料記事です。

残り278文字(全文644文字)

あわせて読みたい

ニュース特集