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1円も支払われない賠償金 犯罪被害者家族、22年間の闘い

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渡辺保さんの妻啓子さん(左)と長女美保さん=横浜市で2022年4月20日午後3時39分、志村一也撮影
渡辺保さんの妻啓子さん(左)と長女美保さん=横浜市で2022年4月20日午後3時39分、志村一也撮影

 横浜市の渡辺保さん(73)は2000年代に家族の死を2度経験した。長女美保さん(当時22歳)は、帰宅途中に突然、男に襲われ殺害された。妻啓子さん(同53歳)は事件のPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ自ら命を絶った。民事裁判で男に約5500万円の賠償が命じられたものの、1円も支払われていない。「犯罪被害者とは何なのか」。渡辺さんは被害者の権利を向上させようと活動を続ける。同じ苦しい経験をする人がもう出ないように――。

奪われた家族の日常

 「お母さん、これおいしい」。渡辺さんは00年10月15日夜の食卓が忘れられない。啓子さんの手料理に笑顔をみせる美保さんと次女。晩酌しながらその様子を見守る渡辺さんと啓子さん。家族4人の「いつもの日常」がこの日で最後になるとは、思いもしなかった。

 翌16日深夜、「美保さんの服装を教えてほしい」と神奈川県警から電話があった。「娘がどうかしたんですか」。迎えにきた警察車両の中で問いかけても、警察官は口をつぐんだ。警察署で待機していると、刑事から「殺人事件が起きました。被害者はお嬢さんです」と告げられた。

 美保さんは同日午後8時50分ごろ、徒歩で帰宅途中に後ろから車ではねられ、近くの資材置き場に連れ込まれて首を刺されていた。犯人の行方は分からなかった。4日後の葬儀には600人前後の友人らが弔問に訪れ、渡辺さんは美保さんが多くの人に慕われていたことを知った。犯人の手がかりがないまま1年、2年と月日は流れ、警察からの連絡は次第になくなった。「捕まらないのか」という思いが渡辺さんの頭をよぎり、事件のショックでPTSDと診断された啓子さんは自傷行為を繰り返すようになった。

「娘は帰ってこない」

 03年秋、事態は急展開した。美保さんの中学の同級生だった穂積一(はじめ)受刑者(44)が警察に「自首」し、好意を寄せていた美保さんに車で近づき殺害したことを認め、「美保さんとご両親に申し訳ない。罪を償いたい」という趣旨の上申書を警察に提出した。「娘は帰ってこない」。渡辺さんは納得できなかった。

 04年2月の横浜地裁での初公判。穂積受刑者は「やっていません」と態度を一転させた。渡辺さんは傍聴席で思わず「えっ」と声を上げ、頭が真っ白になった。その後の公判に渡辺さんは証人として出廷し、証言台の席には座らず立ったまま意見陳述した。「けだもののような犯人が座った椅子には座りたくない。罪の意識のかけらもない被告を死刑にしていただきたい」

 横浜地裁は05年3月の判決で、穂積受刑者の供述の変遷を「真摯(しんし)な反省の態度に欠ける」と断じた。だが、量刑は求刑通り無期懲役だった。渡辺さんは到底受け入れられなかった。

 判決後、啓子さんは精神的に不安定な状態が続いた。05年冬に小学1年の女児が殺害されたことを報じるニュースを見て一時的に意識を失い、回復後も約3カ月間、言葉を発することができなかった。06年7月には、小学生が亡くなったプール事故のニュースに「私が代…

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