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沖縄復帰50年

2022年5月15日、沖縄は本土に復帰して50年を迎えました。何が変わり、何が変わっていないのか。沖縄の歩みと「今」を伝えます。

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沖縄の米軍基地、66%が返還されず 募る閉塞感、描けぬ未来予想図

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米軍嘉手納基地からごう音を立てながら飛び立つ米軍機。基地のそばを県道が走り、住宅地も間近だ=沖縄県嘉手納町の「道の駅かでな」で2022年4月20日午後0時40分、畠山嵩撮影
米軍嘉手納基地からごう音を立てながら飛び立つ米軍機。基地のそばを県道が走り、住宅地も間近だ=沖縄県嘉手納町の「道の駅かでな」で2022年4月20日午後0時40分、畠山嵩撮影

 耳をつんざく雷鳴のようなごう音を響かせながら、戦闘機が次々に飛び立っていく。沖縄本島中部・米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)。基地を一望できる「道の駅かでな」の屋上に設置された騒音計は、電車が通るガード下と同じとされる100デシベルに近い95デシベルを示していた。

 「町の82%が基地に取られている。騒音被害や排ガスによる悪臭被害が日常的に発生しているだけでなく、街づくりにも大きな影響を受けている」。嘉手納町の当山宏町長(69)は遅々として進まない基地返還に憤りを隠さない。基地の騒音を巡っては周辺住民らによる訴訟が繰り返される。

「全くめど立ってない」対象外の嘉手納

 政府は、1972年5月の沖縄県の復帰に伴い、83施設、面積約278平方キロを在日米軍施設・区域(専用施設)として米側に提供した。95年の米兵による少女暴行事件で米軍基地撤去を求める声が高まったことを受け、日米両政府は特別行動委員会(SACO)を設置。翌96年12月、普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)など沖縄県内の米軍施設11カ所を日本側に返還することで合意した。2013年には、新たな施設を含む嘉手納基地「以南」の土地の返還を盛り込んだ統合計画も公表された。

 ところが、嘉手納基地は返還対象となっていない。当山町長は「全く返還のめどが立っていない」と語る。

 嘉手納町によると、町には米軍施設として嘉手納基地のほかに嘉手納弾薬庫地区などがある。町面積15・12平方キロのうち大半となる12・4平方キロを米軍用地が占める。基地と弾薬庫地区に挟まれた市街地に住民約1万3000人が密集するが、住宅や公共施設建設のための土地の確保は難しく、町にとっての難題となり続けている。

 沖縄本島中部のほとんどの自治体は人口が増加傾向にあるが、嘉手納町の人口は減少傾向が続く。騒音問題に加え、基地からの消火剤などの流出が原因とみられる有害物質が周辺の河川で見つかるなどトラブルは絶えない。隣接する北谷(ちゃたん)町などでは返還された別の基地の跡地利用が進むのに対し、基地問題が重くのしかかる嘉手納町の悩みは深い。「閉塞(へいそく)感からなかなか抜け出せない状況だ。活路を見いだせない」。町関係者は漏らす。

 防衛省によると、21年1月時点で沖縄県内の在日米軍施設・区域(専用施設)は31施設、面積185平方キロ。本土復帰から約50年がたっても約66%の面積がいまだに米軍に提供されたままだ。

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