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沖縄復帰50年

2022年5月15日、沖縄は本土に復帰して50年を迎えました。何が変わり、何が変わっていないのか。沖縄の歩みと「今」を伝えます。

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日常をいとおしみ、島を思う 復帰50年、沖縄との関わり方/下

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市街地に囲まれた米軍普天間飛行場。左上をオスプレイが飛んでいる=宜野湾市嘉数1の嘉数高台公園で2017‎年‎11‎月‎2‎日午後4時22分、鈴木英生撮影
市街地に囲まれた米軍普天間飛行場。左上をオスプレイが飛んでいる=宜野湾市嘉数1の嘉数高台公園で2017‎年‎11‎月‎2‎日午後4時22分、鈴木英生撮影

 沖縄の日本復帰から50年。沖縄タイムス元記者で東京在住のジャーナリスト、渡辺豪さん(53)と、沖縄の高校に通った石川県珠洲市の宿経営、坂本菜の花さん(22)の対談の下では、沖縄戦の記憶や米軍基地問題などで半世紀たっても現地との溝を抱え続けている本土は、「沖縄問題」にどう向き合ったらいいのか、2人の議論が熱を帯びた。【構成・鈴木英生】

寄り添うが頼らず、問題を語りたい

 ――渡辺さんが本土に戻ろうと思われたきっかけは?

 渡辺 沖縄の状況を変えるには、やはり本土、特に東京で情報を発信する必要がある。それが、全国紙を経て沖縄地元紙の記者をした自分の役割ではないかと考えました。読者から「渡辺記者は本土の人だから、本土に沖縄のことをちゃんと伝えてほしい」と手紙をもらったこともあります。翁長雄志前知事が2014年に当選したときの感慨はひとしおでした。沖縄の自民党のど真ん中にいた人が、「辺野古阻止」を掲げて民意を結集したわけですから。このあと沖縄世論が変わるとしても、それは本土が聞く耳を持たなかったからだと。翁長さん当選時の政治的分断を乗り越えた沖縄の民意を見届けて本土へ出よう、と。

 東京に来て、沖縄との世論のギャップに悩みましたが、それ以上に今はSNSなどの普及で、ますます人々が違う意見の人の声を聞けなくなっていると感じます。敵味方の壁が厚くなり、憎悪ばかり増幅している。沖縄の記事を書くときも痛感します。17年に普天間飛行場近隣の普天間第二小や緑ケ丘保育園に米軍ヘリの部品が相次いで落下した問題を書いたら、取材に応じてくれた保護者がネット上でたたかれていました。これはショックで、記者として本当につらかった。

 川崎…

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【沖縄復帰50年】

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