黄檗文化の源、回顧 隠元の書画など50点 没後350年を前に展示 東近江 /滋賀

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隠元の肖像や遺墨などが並ぶ会場=東近江市五個荘竜田町で2022年4月19日午後3時46分、伊藤信司撮影
隠元の肖像や遺墨などが並ぶ会場=東近江市五個荘竜田町で2022年4月19日午後3時46分、伊藤信司撮影

 江戸初期に中国・明から来日し京都の万福寺で黄檗(おうばく)宗を広めた禅僧・隠元(1592~1673年)に関する書画を集めた企画展「黄檗インパクト」が東近江市五個荘竜田町の「観峰館」で開かれている。隠元の没後350年を前に県内外の寺などに伝わる計50点を、前期(15日まで)と後期(17日~6月12日)に分けて展示する。

 隠元と弟子たちはインゲン豆、煎茶、明朝体漢字など「黄檗文化」と呼ばれる新しい文物を日本にもたらした。室町後期の戦乱で近江の多くの寺院が荒廃したが、その再興に黄檗宗の僧が関わったされる。とりわけ隠元は永源寺(東近江市)の住職と交流し、1660年に書いた額字「大寂塔」(国重文)が同寺に残っている。

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