連載

アンコール

あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

連載一覧

アンコール

4月開催のオーケストラ・コンサートから ①マーラーの交響曲

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
ウィズ・コロナが進み、マーラーやブルックナーなど大規模編成を伴う作品が聴けるようになった 写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:飯田耕治
ウィズ・コロナが進み、マーラーやブルックナーなど大規模編成を伴う作品が聴けるようになった 写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:飯田耕治

 4月に開催された在京オーケストラの演奏会から注目の公演をいくつかピックアップして2回に分けて振り返る。初回はマーラーの交響曲を取り上げた2つの演奏会。ひとつは東京・春・音楽祭の合唱の芸術シリーズとしてアレクサンダー・ソディ指揮、東京都交響楽団による交響曲第3番(10日)。もうひとつはクリストフ・エッシェンバッハが指揮したNHK交響楽団Cプログラムで、こちらは第5番が演奏された。取材は16日の公演。(宮嶋極)

 【東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.9 マーラー:交響曲第3番ニ短調】

 新型コロナ・ウイルスのパンデミックが発生して以降、約半年間の休止を経て演奏会が再開されるようになっても舞台上の密集を避けるために大編成のオーケストラを必要とするマーラーの作品が演奏される機会はなかなか訪れず、プログラムに載るようになったのは最近のことである。最初はマーラーの中では比較的編成の小さな第4番を各オケが取り上げるようになった。ワクチンの接種が進み、ウイルスへの対処方法もある程度分かってきたことを受けて、今春からようやく〝全面解禁〟となった格好だ。

 第3番は弦5部に管楽器がいわゆる4管編成で、2組のティンパニをはじめとする多数の打楽器やハープ、さらに女声と児童のコーラス、独唱(メゾ・ソプラノ)と多人数を要し、演奏時間も(指揮者のテンポ設定にもよるが)100分を超える文字通りの大曲である。都響は他のオケに先駆けて16型の弦楽器編成(第1ヴァイオリン16人を基軸に弦5部全体で合計60人となる編成)を再開していることから、管・打楽器も入れると総勢約110人のオケ・メンバー、さらに合唱も入れると約200人がステージを埋めた。前回こうした光景を見たのは2年以上前のことになる。壮観であり、胸躍るような思いがした。

イギリスで学んだのち、オーケストラのみならずオペラ指揮者としても活躍するソディ。管弦楽は東京都交響楽団 写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:飯田耕治
イギリスで学んだのち、オーケストラのみならずオペラ指揮者としても活躍するソディ。管弦楽は東京都交響楽団 写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:飯田耕治

 指揮をしたアレクサンダー・ソディは英国出身で今年40歳、現在はドイツ・マンハイム州立劇場の音楽総監督としてオペラ公演で実績を重ねる傍ら、各地の歌劇場やオケに客演するなどして活躍の場を拡げつつある新鋭である。重層的に絡み合う複数の声部を見通しよく整理して主旋律をすっきりと聴かせるような音作り。オーケストラのコントロールも巧みで、マーラーを得意とする都響からその美点をバランスよく引き出してこの作品にふさわしい奥行きを感じさせる音楽を作り上げていた。全曲のエンディングでフェルマータが付いたニ長調の和音をパイプオルガンの残響のようにさらにタップリと伸ばして曲を終えるなど、壮麗なフィナーレの構築もなかなかのものであった。客席は大いに沸き、オケ退場後も拍手が鳴り止まず、ソディはステージに呼び戻されていた。初めて聴いた指揮者だったが、かなりの才能の持ち主とみた。音楽祭の鈴木幸一実行委員長は「良い指揮者だったので、来年も招へいしてみたい」と語っていた。

 【エッシェンバッハ指揮、N響4月定期公演Cプログラム】

 エッシェンバッハのマーラー5番といえば、ハンブルク北ドイツ放送響(2003年、現エルプ・フィル)、フィラデルフィア管弦楽団(05年)との来日公演でも聴いたが、極端に遅いテンポを基調に旋律を重く引きずるような独特の演奏で、共感できなかったことを今でも鮮明に思い出す。それほどまでに奇異な解釈であったのだ。今回も1曲だけのプログラムとあって、あの解釈が再現されるのかと危惧したが、第1楽章の前半だけでその心配は消し飛んだ。

 テンポはやや遅めながらも中庸の範囲内。ひとつひとつの音や旋律にじっくりと向き合い細部にいたるまで丁寧に処理されていた。特に旋律の抑揚の付け方とその統一に、そしてその旋律をパート間で受け渡すことにも心砕いていたように映った。その結果、この作品独特の対位法(複数の旋律を同時に、あるいは時間差をつけて演奏する手法)の妙味が浮き彫りとなり、大編成のオケによるフォルティシモが鳴り響くこの曲がまるで室内楽の精妙なアンサンブルを聴いているようにすら感じられた。

オーケストラの手腕を引き出し作品の妙味を浮き彫りにしたエッシェンバッハとN響 写真提供:NHK交響楽団
オーケストラの手腕を引き出し作品の妙味を浮き彫りにしたエッシェンバッハとN響 写真提供:NHK交響楽団

 エッシェンバッハの高度な要求に応え、こうした演奏を可能にしたのはN響の上手さであろう。この日は管楽器各パートの首席奏者たちのソロも冴えわたっていた。特に首席トランペット奏者、長谷川智之は冒頭の嬰ハ短調のファンファーレから出色の出来。全曲にわたって不安定になる箇所はなく伸びのある美しい音を駆使して時には主役として存在感を発揮し、また時には脇に徹してアンサンブルに奥行きを与える役割を果たしていた。また、ホルンの今井仁志ら他の金管パート、木管4パートの首席奏者たちのソロイスティックな演奏も聴いていて楽しかった。N響ならではの弦楽器セクション(14型)の重厚な響きに加えて弱音の美しさも光っていた。作品の面白さ、N響の上手さに引き込まれてアッという間の70分であった。終演後は客席から盛大な拍手が湧きおこり、エッシェンバッハは真っ先に長谷川を立たせて健闘を讃えていた。当然のごとくオケ退場後も拍手は鳴り止まず、エッシェンバッハがステージに呼び戻されていた。

公演データ

【東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.9】

4月10日(日)15:00 東京文化会館大ホール

指揮:アレクサンダー・ソディ

メゾ・ソプラノ:清水 華澄

合唱:東京オペラシンガース、東京少年少女合唱隊

合唱指揮・指導:田中祐子、仲田 淳也、長谷川 久恵

管弦楽:東京都交響楽団(コンサートマスター:山本 友重)

マーラー:交響曲第3番ニ短調

【NHK交響楽団4月定期公演Cプログラム】

4月15日(金)19:30、16日(土)14:00、東京芸術劇場コンサートホール

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ

コンサートマスター:伊藤 亮太郎

マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調

筆者プロフィル

宮嶋極(みやじま・きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集