1584年、小牧・長久手の戦い 「真の天下分け目」PR 地元8市が「同盟」 /愛知

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小牧・長久手の戦いの主なゆかりの地と「同盟」を結んだ愛知と岐阜の8市
小牧・長久手の戦いの主なゆかりの地と「同盟」を結んだ愛知と岐阜の8市

 「天下分け目の戦い」は1600年の関ケ原の戦いではなく、1584年の小牧・長久手の戦いだと主張する愛知、岐阜両県の地元8市が「同盟」を結んだ。「全国的な知名度を上げていきたい」と、連携してPRに取り組む。

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 小牧・長久手の戦いでは、天下統一を目指す羽柴(豊臣)秀吉が、織田信長の息子・信雄と徳川家康の連合軍と尾張(愛知県西部)などで衝突した。秀吉優位で講和したが、家康も長久手で勝利するなど実力を示した。江戸時代の歴史家・頼山陽は「日本外史」で、後の家康の天下取りで原動力になったのは、関ケ原ではなく小牧・長久手だと評している。

 ただ、秀吉の死後に現在の関ケ原町で起きた関ケ原の戦いほど、全国的に有名ではないのも事実。長久手市の川出康博学芸員は「教科書やドラマでの扱いも大きくない。知名度はいまひとつだと感じていた」と話す。

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