連載

森と海からの手紙

人の暮らしが自然と乖離していく時代。森と川と海から聞こえてくるささやきを萩尾信也客員編集委員がつづります。

連載一覧

森と海からの手紙

「生」と「死」を結び明日をはぐくむ 御巣鷹の尾根

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
カラマツの森をスコップやツルハシを手に整備に向かうダン組の面々=御巣鷹の尾根で2022年5月3日午後3時28分、萩尾信也撮影
カラマツの森をスコップやツルハシを手に整備に向かうダン組の面々=御巣鷹の尾根で2022年5月3日午後3時28分、萩尾信也撮影

 「生死一如(しょうじいちにょ)」。生と死は一対のものとして、いのちを明日へと育んでいく。倒木の根元から再生してくひこばえのように……。

 長野、埼玉と県境を接する群馬県上野村は、森林が98%を占める山間の村である。その最深部にある浜平集落から車で十数キロを走り、さらにつづら折りの急峻(きゅうしゅん)な山道を歩いて登ること40分。標高1539メートルの稜線(りょうせん)に「昇魂之碑」が建立された「御巣鷹(おすたか)の尾根」にたどり着く。

 その尾根に、東京発大阪行きの日本航空ジャンボ機が墜落したのは、1985年の盆休みの前日だった。

 日本経済が成長を続け、「より早く、より大量に」が求められた時代だった。520人もの犠牲者数は、単独機事故としては今でも世界最大となっている。

 あの夏、墜落の衝撃で尾根の木々は広範囲になぎ倒され、山肌が露出。散乱したままくすぶり続ける機体の残骸の間で、自衛官や警察官が捜索活動を続けていた。

 それから数年間は、尾根から動物や鳥の姿が消えた。墓標が次々と建てられ、やがて、荒廃の大地に草木が芽吹き、生き物たちが戻ってきた。

 そして、今春の大型連休。丈を伸ばした山桜やシャクナゲの花が、慰霊登山にやって来た人々を出迎え、その傍らでは、登山道や墓標の整備作業が行われていた。

 日航職員らが整備を始めたのは、事故の2年後。以来、年に4~6回の作業を続け、慰霊登山を支えてきた。その輪に、次男の健さん(当時9歳)を亡くした美谷島善昭さん(75)の姿もあった。

     *

 あの夏、…

この記事は有料記事です。

残り1283文字(全文1935文字)

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集