不明から2年8カ月、無事信じた母の思い届かず 発見の骨、女児と断定

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
小倉美咲さんが行方不明になったキャンプ場で取材に答える母とも子さん=山梨県道志村で2022年4月29日午前11時、渡部直樹撮影 拡大
小倉美咲さんが行方不明になったキャンプ場で取材に答える母とも子さん=山梨県道志村で2022年4月29日午前11時、渡部直樹撮影

 小倉美咲さん(行方不明時7歳)=千葉県成田市=の行方が分からなくなってから今月で2年8カ月。無事を信じ続けた母とも子さん(39)の思いは届かなかった。

 4月25日夜に人骨発見の連絡を山梨県警から受けて以降、とも子さんは祈るような気持ちで毎日を過ごした。

 同28日にはいてもたってもいられず、成田市の自宅から車を運転して山梨県道志村に向かった。骨の発見場所に続く、未舗装の狭い林道を歩きながら「もしかしたら(娘は)この道を歩いたんじゃないか」「ここまで一人で歩いてくるとは考えられない」との思いが交錯した。

 結局、この骨についてはDNA型が検出されず、身元特定には至らなかった。とも子さんは「ほっとした」と胸をなでおろしたが、その2日後の5月4日、今度は同村で肩甲骨とみられる骨が見つかった。「(新たな骨が発見され)しばらく放心状態で涙が止まりませんでしたが、私は絶対に諦めません」。とも子さんはSNS(ネット交流サービス)のツイッターにそう記したが、今回、最悪の結果が伝えられた。

 美咲さんが2019年9月に行方不明になってから、とも子さんは少しでも情報提供を求めようと、月に2回程度は車で道志村に通った。関東各地の観光地や繁華街でも同様にチラシやポスターを配布。似た子どもを見たという情報が寄せられれば、現地に出向いて確認したこともある。車の走行距離は5万キロを超えた。

 新型コロナウイルス禍で思うような呼び掛けができなくなると、ツイッターなどを活用して情報発信した。

 SNSには心ない中傷も寄せられたが、美咲さんを侮辱する投稿には、発信者情報の開示を求める訴訟を起こすなど、娘を守るために気持ちを奮い立たせた。

 手がかりは何もなく、弱気になったこともあった。しかし、美咲さんの3歳上の姉である長女とは「泣かないようにしようね」と約束し、再会できる日が必ずくると信じた。

 5月13日は美咲さんの誕生日。美咲さんは折り紙で花を折るのが好きで、行方不明になる年の7回目の誕生日の直前、とも子さんに折り紙の花をプレゼントしてくれた。花には「ありがとう」と自筆でメッセージが書いてあったという。【田中綾乃】

小倉美咲さんが行方不明になってからの経緯

2019年

 9月21日 山梨県道志村のキャンプ場で小倉美咲さんが行方不明になる。山梨県警などが捜索を開始

 10月6日 県警が大規模な捜索打ち切り

2022年

 4月23日 ボランティアがキャンプ場付近の山中で人の頭部の骨の一部を発見

 25日 ボランティアが県警に届け出

 26日 県警が改めて発見現場付近の捜索を開始

 28日 捜索で子どもの右足用の靴を発見

 29日 捜索で子どもの左足用の靴と、片方の靴下を発見

5月2日 骨のDNA型鑑定で個人の特定に至らず

 4日 捜索で肩甲骨のような骨とシャツを発見

 10日 4日に見つかった骨は右側の肩甲骨と判明 11日 捜索で二つの骨のようなものを発見

 12日 頭部の骨の一部が、美咲さんの母親と血縁関係にあると県警が発表

 14日 DNA型鑑定で肩甲骨は美咲さんのものと判明

あわせて読みたい

ニュース特集