連載

社説

社説は日々、論説委員が議論を交わして練り上げます。出来事のふり返りにも活用してください。

連載一覧

社説

沖縄復帰から50年 続く不条理を放置できぬ

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷

 戦後長年にわたって米国の施政権下に置かれていた沖縄が、日本に復帰して50年を迎えた。だが、祝賀ムードは乏しい。

 基地の集中は復帰後さらに進み、固定化された。本土との間で大きな不平等を生んでいる。このままにしておくことはできない。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、戦争が起きれば軍事拠点が真っ先に標的となり、民間人にも被害が及ぶことを見せつけた。

 第二次世界大戦の末期、凄惨(せいさん)な地上戦を経験した沖縄の人たちにとっては、当時の記憶を呼び起こすこととなった。衝撃の大きさは本土と比較にならない。

 1972年5月15日、那覇市での記念式典は、雨の中で開かれた。同じころ隣の公園では、反対集会があった。期待とはかけ離れた復帰の実態に失望や不満がうずまいていた。

固定化される基地集中

 沖縄では地上戦で住民9万4000人を含む18万8000人が犠牲になり、戦後も米軍による直接統治が続いた。52年にサンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復した後も、本土から切り離された。50年代には、強制的な土地収用や米兵による殺人・暴行事件など米軍の「圧政」に苦しんだ。

 日本国憲法のもとで基本的人権の保障を得たい――。それこそが沖縄の人々の願いだった。

 「核抜き・本土並み」の復帰が実現したはずだった。

 確かに戦術核ミサイルは撤去された。だが、「有事の核再持ち込み」を認める合意が日米両首脳の間でひそかに交わされていた。

 「本土並み」は、両政府の立場からすれば日米安保条約を同じように適用することを意味した。沖縄の基地を米軍が「自由使用」できる権利は維持された。

 一方で、地元の人々が期待したような基地の整理縮小は実現せず、かえって機能強化が進んだ。

 国土面積の0・6%しかない沖縄に全国の米軍基地の7割が集中し続ける状態は、異常だ。

 翁長雄志・前沖縄県知事はかつて「日米安保体制と日米地位協定のはざまで生活せざるを得ない県民に、憲法が保障する自由、平等、人権、民主主義が等しく保障されているのか」と疑問を投げかけた。

 復帰によって自分たちは憲法で守られるようになったのか。構造的差別が今も続いているのではないか。沖縄の人々の間にはそうした思いが募っている。

 96年の米軍普天間飛行場の全面返還合意は、政府の基地負担軽減策の象徴となった。だが、沖縄から見れば、負担を同じ県内に押しつけられたに過ぎない。

 政府はたび重なる選挙で示された反対の民意を無視し、名護市辺野古沖で工事を強行している。埋め立て予定海域で軟弱地盤が見つかり、実現可能性が見通せなくなっても「辺野古移設が唯一の解決策」とかたくなな姿勢を変えない。

本土含め負担の議論を

 強権的ともいえる手法は、9年間に及んだ安倍・菅政権下で強まった。かつては沖縄の過酷な歴史に心を痛め、負担を軽減しようと奔走した政治家がいたが、今はそうした姿勢すら見えない。

 米国の抑止力低下と中国の台頭により、アジア太平洋地域の安全保障環境は厳しさを増している。

 半世紀前、ニクソン米大統領の訪中、日中国交正常化と同じ年に沖縄返還が実現した時とは、日米中の3カ国をとりまく状況は様変わりしている。台湾海峡の緊張への懸念が高まっている。

 自衛隊は南西諸島にミサイル防衛部隊を配備するなど防衛体制を強化している。沖縄の戦略的重要性が高まっているのは事実だ。

 だからといって沖縄だけが過重な基地負担を引き受ける不条理をこれ以上、放置してはならない。日米安保体制の安定性、持続性を考えても、適切な政策判断とは言えない。

 日米で協議し、沖縄の基地負担を抜本的に軽減する必要がある。沖縄に駐留する部隊について、グアムなど海外へのローテーション配備をさらに進めたり、本土への移転を検討したりすべきだ。

 米軍による事件・事故への対応は、沖縄だけでなく本土の基地所在地にとっての課題でもある。基地の運用や関係者の権利を定めた日米地位協定の改定が必要だ。

 国際的な安全保障環境が激動する今だからこそ、沖縄が抱える問題を、外交を含めた日本の安全保障戦略の大きな枠組みの中でとらえ直さなければならない。

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集