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沖縄復帰50年

2022年5月15日、沖縄は本土に復帰して50年を迎えました。何が変わり、何が変わっていないのか。沖縄の歩みと「今」を伝えます。

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本土復帰50年 沖縄の犠牲、国民で解決策を 「軍事基地の島」危険性訴え 県人会相談役・崎浜さん /奈良

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1964年東京オリンピックの聖火リレーで着たユニホームを懐かしむ崎浜盛喜さん=奈良市で、塩路佳子撮影
1964年東京オリンピックの聖火リレーで着たユニホームを懐かしむ崎浜盛喜さん=奈良市で、塩路佳子撮影

国への憤り感じ

 奈良沖縄県人会相談役の崎浜盛喜(せいき)さん(74)=奈良市=は、米国統治下の沖縄からパスポートを手に本土へ渡った一人だ。沖縄が日本に復帰して15日で50年。だが、沖縄での基地問題などを考えると日本には裏切られたとの気持ちが残り、節目の日を喜べないでいる。【塩路佳子】

 崎浜さんは1947年、沖縄県北中城村安谷屋で生まれた。本籍は同村瑞慶覧(ずけらん)。沖縄戦で家や畑のあった場所が米軍にとられ、移住を強いられた。

 米軍基地で芝刈りの仕事をしていた父親を手伝った、幼い頃の光景が今も記憶に残る。「ウチナーンチュ(沖縄人)の土地に広大な芝生が広がり、アメリカ人が威張っていた」。米軍による事件や事故が起きる度、「沖縄では人権が無視されている」と強い憤りを感じた。

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【沖縄復帰50年】

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