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沖縄復帰50年

2022年5月15日、沖縄は本土に復帰して50年を迎えました。何が変わり、何が変わっていないのか。沖縄の歩みと「今」を伝えます。

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復帰50年、晴れぬ沖縄 願い、怒り、あきらめ 続く不条理、憲法番外地 「爆音訴訟」池宮城紀夫弁護士

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沖縄県宜野湾市の中心部にある米軍普天間飛行場(奥)。同飛行場を見下ろす高台の公園をほぼ毎朝訪れているという近所の70代男性は「国は沖縄県の要望をただ受け取って終わりではなく、県民が喜ぶことを、一つでもいいからしてほしい」と話していた=15日早朝
沖縄県宜野湾市の中心部にある米軍普天間飛行場(奥)。同飛行場を見下ろす高台の公園をほぼ毎朝訪れているという近所の70代男性は「国は沖縄県の要望をただ受け取って終わりではなく、県民が喜ぶことを、一つでもいいからしてほしい」と話していた=15日早朝

 米軍基地のフェンスが住民の生活を妨げ、空を縦横無尽に軍用機が飛ぶ――。そんな日常が変わらないまま、沖縄は15日に日本復帰から50年の節目を迎えた。基地のない島への願い、怒り、あきらめ……。鉛色の空が覆ったこの日、沖縄の街にお祝いムードは広がらなかった。

 50年前と同じように空も心も晴れない一日だった。「今の変わらない沖縄の状況を表しているようだ」。那覇市の弁護士、池宮城紀夫(いけみやぎとしお)さん(82)はこの日、市内の事務所で、米軍基地の騒音を巡って16日に新たに起こす訴訟の準備を進めた。

 沖縄が日本に復帰した1972年5月15日は「県民総決起大会」が開かれた那覇市の与儀公園にいた。隣の那覇市民会館では復帰を祝う式典が催されたが、大会では雨の中、約1万人が米軍基地が残ったままの復帰となったことに抗議の声を上げた。池宮城さんも「県民の願いが裏切られた」と拳を突き上げた。

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