中川俊男氏の体制「もう持たぬ」 日医会長選へ出馬断念、その背景

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岸田文雄首相との意見交換を終え、記者団の質問に答える日本医師会の中川俊男会長=首相官邸で2022年2月17日午前11時57分、竹内幹撮影
岸田文雄首相との意見交換を終え、記者団の質問に答える日本医師会の中川俊男会長=首相官邸で2022年2月17日午前11時57分、竹内幹撮影

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)下、医療界の代表として発信を続けてきた日本医師会(日医)の中川俊男会長(70)が、6月25日に実施される次期会長選への立候補を断念した。政策通として知られ、「政権にも是々非々で対峙(たいじ)する」との姿勢が支持された日医きっての論客は、なぜわずか1期(2年)で会長職を手放すことになったのか。

 「GoToトラベルから感染者が急増したというエビデンス(科学的証拠)ははっきりしないが、きっかけになったのは間違いない」。2021年11月18日の定例記者会見で、中川氏は舌鋒(ぜっぽう)鋭く持論を展開した。感染拡大の兆しがあるたびに危機感を示し、時には旅行需要喚起策「GoToトラベル」など政府の政策を批判したり、緊急事態宣言の発令を求めたりする姿はメディアを通じて国民に広く知られるようになった。

 このような「モノ言う姿勢」が支持され、日医会長に選ばれたのは2年前の20年6月だ。安倍晋三首相や麻生太郎財務相ら当時の政権中枢と関係が良好で「調整型」とされた横倉義武前会長との一騎打ちとなり、組織を二分する激しい争いを制した。選挙戦でアピールしたのは、官僚や与党と対決も辞さない姿勢だ。かつて長期間にわたって日医会長を務め、「けんか太郎」とあだ名されるほど厚生行政に意見を反映させた武見太郎氏の姿に重ね合わせる医師会員もいたとされ、支持を集めた。当選が決まると中川氏は「国民の健康と命を守るためならどんな圧力にも決して負けない、物を言える新しい日本医師会に変える」と語った。

 一方で、…

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