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令和の弔い

コロナ禍の中で「弔い」の作法がわからない――そんな時代の別れの風景を滝野隆浩・専門編集委員が泣きながら聞き書きします。

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コロナ禍の「弔い」の作法とは 遺体安置施設「カノン」の場合/1

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施設内の気に入った部屋を選び、遺族は遺体と数日すごす=東京都葛飾区の想送庵カノンで、手塚耕一郎撮影
施設内の気に入った部屋を選び、遺族は遺体と数日すごす=東京都葛飾区の想送庵カノンで、手塚耕一郎撮影

 コラム「掃苔記」を連載している。人生最終盤の医療現場から葬儀、火葬、納骨まで、「死」の前と後の、さまざまな出来事についてできるだけ現場に行き、当事者の話を聞きながら書いている。

 そうしながらいま、長く続くコロナ禍の時代にあって、多くの人が「死」との向き合い方がわからなくなってきていると感じている。家族が、あるいは近しい友人が亡くなるということはどういうことなのか。こわいし、かなしいし、さびしい。けど、どう折り合いをつければいいのか、つけられるのか。誰も教えてくれないし、ネットで探しても、答えはみつけられない。

 死生観とか、そこまで難しい話はしたくない。ただ、コロナ禍が始まってから2年余りの間に私が出会った人たちが語る「命が終わるときの物語」を報告したい。それは令和という新しい時代の弔いにまつわる話だ。私は聞きながら、泣いた。そして、誰にでも必ず訪れる「死」をどう受けとめていけばいいのか、一緒に考えてほしいと切に考えている。

 5月1日の朝刊(ニュースサイトでは4月30日)で取り上げた遺体安置施設「カノン」のことをもうすこし深く掘り下げることから始めたい。運営会社「あなたを忘れない」社長の三村麻子さん(58)は「時短」に走りがちな時流に抗し、弔いとは何かを日々、問うているのだった。

   ◇

 2022年3月1日、遺体安置施設「想送庵カノン」を運営する「あなたを忘れない」(東京都葛飾区)は取引のある葬儀社に2枚のファクスを送った。タイトルは「新型コロナウイルスでお亡くなりになられた方のご安置とご面会等について」。コロナで亡くなった人の遺族が遺体と対面する場をこの日から提供するという内容だった。ただ<ネットへの書き込みはご遠慮ください>との一文も入っていた。受け入れことはするけれど、大々的には告知したくない――。そんな苦悩がにじんだ文面だった。

 東京都内では、コロナで亡くなった人の遺族は「最後の別れ」があまりできない。全国的にみれば、厚生労働省などが出した遺体取り扱いに関するガイドラインにのっとって、納体袋に入れた状態での葬儀、火葬前の立ち会いは始まっている。ところが、都内の火葬場はほとんど遺族の立ち会いを認めていない。「ご遺体からの感染はないとしても、会葬者同士でうつる可能性が完全に否定できない」(火葬場関係者)というのが理由らしい。

 火葬場が認めなければ、葬儀を執り行う葬祭会館もそれにならい、葬儀会社も従っているという構図である。現場の葬儀業者に聞けば、「感染症そのものより、『コロナの遺体を扱っている』という風評被害が怖い」と口をそろえる。ただ個人的には、本当に風評被害があるのかと疑問に思う。感染拡大が始まった当初ならまだしも、もう2年以上たっている。マスク着用などの感染症対策をすればコロナ遺族が対面して「最後のお別れ」をするのは十分可能なのではないか。それができないまま、葬送関係者が立ちすくみ、放置し、「弔い」ができない状態が続いている。

 そんな中、遺体安置施設の「カノン」はあえて、対面場所の提供を始めたのだった。

 「弔うときの基本は対面であるはずです。コロナであってもなくても同じ。誰かがやらないと変わらないのなら、うちでやろうと考えました」

 「あなたを忘れない」社長の三村麻子さん(58)はそう話す。遺体安置という特異な業務形態も、そもそも「忘れない」という動詞の変わった社名についても、時間をかけて話を聞くうちにやっとわかってきた。それぞれに理由があった。それはこの時代のこの国の葬送や弔いの本質に直接結びつくテーマになるのだが、まずは2年前に同社が請け負ったコロナに関する、これまた特異な「短期事業」について触れなければならない。

コロナ猛威、増える「火葬待ち」

 2020年春―――。新型コロナウイルスが国内でも猛威を振るい始めていた。病態もよくわからない未知の感染症で亡くなった人をどう扱うか。葬送関係者は頭を抱えた。火葬場はコロナ遺体受け入れの施設と時間帯を限定、その結果、「火葬待ち」の遺体が増えた。危機感を持った東京都が白羽の矢を立てたのが19年1月に開業したばかりの「カノン」だった。開業当初から感染症対策に積極的に取り組み、最大20体を収容できた。

「世界に類を見ない手厚さで、故人さまをお預かりしたいのです」

 三村さんは、都庁の担当女性部長から告げられた言葉を今でも覚えている。当時、海外では、新型コロナ感染症で亡くなった人が引き取り手もなく山積みされているニュース映像が、連日のように流れていた。都の幹部の口調からは、日本の首都・東京ではそんな事態にはしてはならない。そんな強い意志が感じられた。だから、三村さんもあえて火中の栗を拾うように、コロナ死者の受け入れを決めたのだった。

 不安がなかったわけではない。いちばんの気がかりは周囲の住民にどう説明するかだ。周囲の理解があって初めて成り立つ遺体安置施設なのだ。感染症対策には100%の自信を持っている。医療用マスクやゴーグル、防護服などの装備はそろっているし、スタッフの教育もできている。でも、未知の感染症に一般市民が恐怖を感じている。風評被害は出ないか。反対運動は起きないか。ただ、ここで自分の施設が受け入れなければ都内の火葬場の稼働状況から、国際ニュース映像のような「遺体の山」が東京にもできてしまう。この日本でそんなことがあってはならない。都の職員が約280軒の家々を回って説明してくれた。区議会の議長も「区内の事業者が、都のため役に立つんだから断る理由はない」と後押ししてくれた。「病院の霊安室」という扱いで都と契約を結び、20年5月から、受け入れが始まった。

 コメディアンの志村けんさんがコロナ感染症で亡くなったのが3月29日。享年70。1カ月もたたない4月23日、今度は俳優の岡江久美子さんの訃報が伝えられた。63歳の若さだった。2人とも緊急入院したあと、あっという間に病状が急変した。家族はまともなみとりができなかった。ぼうぜんとした表情で遺骨を抱える姿が、テレビのニュース番組で報じられた。「カノン」が都の委託事業として遺体保管を開始したのは、まさにそんな時期だった。コロナは怖い。コロナはいきなり命を奪う。この時期、多くの日本人が「死」を身近に感じていた。

 「弔い」の大切さを伝えることを経営理念の柱とする「カノン」の三村さんは、病院から届く遺体を手厚く扱った。たとえばひつぎにはユリ科のカサブランカを入れた。20本もあれば、遺体は花に囲まれる。それをみた家族は丁寧に扱われていたと感じるはずだ。死別の悲しみが、ほんの少しだけ、和らぐ。

医療機器がついたままの遺体

 忘れられない光景がある。運び込まれた若い小柄な女性の遺体。納体袋の透明な「窓」からそれを見た瞬間、息をのんだ。医療機器がついたままだった。通常だと病院で亡くなった患者は、看護師らが遺体を整容し化粧まで施す「エンゼルケア」と呼ばれる処置をしてから搬出される。ところが、その遺体の体は人工呼吸器の管がついたままだ…

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