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深田久弥と茅ケ岳

 「あの日」から半世紀以上が経過した。今年追悼行事に初参加し、深田が最後に登った山に残したものを探ってみた。

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深田久弥と茅ケ岳

/上 談笑直後、突然倒れる 「日本百名山」の著者、急逝の日たどり追悼登山 /山梨

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急逝直前の深田久弥=山村正光さん撮影
急逝直前の深田久弥=山村正光さん撮影

 「深田久弥先生終焉之地」と刻まれた高さ約60センチの御影(みかげ)石製の碑は、山梨県の茅ケ岳山頂(1704メートル)直下に建っていた。4月17日朝、追悼行事である「記念登山」に参加した私は、深田久弥らがたどったのとほぼ同じルートで登山道を歩き始めた。かつては水飲み場だったが、今は落石の危険から立ち入り禁止となっている「女岩」付近で小休止。急峻(きゅうしゅん)な登りを経て、登山口から約2時間でその場に着いた。

 碑には深田が好きだった日本酒や、花が供えられている。碑の側面には、深田が倒れた日時(1971年3月21日午前11時23分)、碑を建てた「山村正光」の名前と日付(97年11月30日)が刻まれている。山村正光さん(2005年に78歳で死去)は日本山岳会会員で、深田と同行したメンバーの一人だ。元国鉄中央線の車掌で、臨時観光列車の車内アナウンスで沿線の山々を紹介する名調子で知られた。

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