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ウクライナの首都キーウ(キエフ)にあるキーウ国立工科大(KPI)の一部学部がオンライン講義を再開した。ロシア軍との戦闘は断続的に続いている。学生や大学職員に死者が出ているほか、激戦地の南東部マリウポリなどで行方不明になったまま安否が確認できない学生もいるという。なぜ戦火の中で講義を再開したのか。この大学のミコラ・プシカル准教授(35)とその学生たちに話を聞くと、「戦後の復興」という希望を口にした。【和田浩明】
予想しない戦火
一部学部で講義を再開したキーウ国立工科大は学生約2万5000人のウクライナ屈指の理系高等教育機関だ。
プシカルさんは電力工学・自動化学部に所属。発電や電力網などエネルギー分野を担当する。ロシア侵攻前の2月初めから新型コロナウイルス感染症の拡大で対面での講義からオンラインに切り替えていた。担当する学生は18~25歳の約800人。4割がキーウ出身、6割が地方出身で、故郷に戻っていた学生もいたという。
2月24日、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まった。プシカルさんは「教員も予想していなかった。当初はどうやって家族を安全な場所に逃がすかで頭がいっぱいの人が多かった」と振り返る。
職員の中には、占領したロシア軍が住民を拷問、虐殺したり性的に虐待したりしたとされるキーウ西方の町ブチャに住んでいた人もいた。
ある職員は侵攻2日目に退避して命は助かったが、家を焼かれた。別の男性職員は3月半ば、首都西部オボロン地区で就寝中、ロシア軍のミサイルが着弾して死亡した。
大学近くでも戦闘
大学近くでもロシア軍とウクライナ軍の戦闘が発生した。銃弾が建物のガラスを直撃。キャンパスから300メートル付近にミサイルが着弾したこともあったという。学生、職員たちは退避を強いられた。国内の比較的安全な地域に逃れたり、国外に脱出したりした人もいる。
散り散りになった学生たちに連絡を取ってみた。エストニアの首都タリンに母親らと脱出した同大学生のアナスタシア・ホレンコさん(19)は「早くウクライナに戻って、地域防衛隊で警備をしている父に会いたい」と語った。日本のアニメ「進撃の巨人」のファンで「いずれ日本に行きたい」と笑顔も見せた。
学業を中断してウクライナ陸軍や地域防衛隊に志願した学生もいた。電力工学部の学生は少なくとも18人。戦闘地域での監視業務や情報収集をする無人機操縦を担当している学生もいる。うち2人が戦闘で死亡、1人はキーウ北方で行方不明になっている。大学職員も数人が防衛任務に就いているといい、大学全体が「戦時体制」入りした形だ。
大学の地下室は退避壕(ごう)になっている。地下室からインターネットに接続できるよう無線アンテナも取り付けられているという。
戦火で家を失い、故郷に帰ることができず学生寮で生活を続ける学生もいる。退避してきた家族が身を寄せる事例もあるといい、大学や学生団体が食料や衣類などを支援している。
「学生団体が、両親が戦争で死亡した学生が帰郷して埋葬ができるよう寄付を募ったり、軍に参加する学生に不足しているヘルメットや防弾装備を送ったりすることもある」とプシカルさん。生き延びるために皆で支え合っているという。
学生から「講義再開を」の声
3月下旬、ロシア軍との戦闘が膠着(こうちゃく)状態になってきたころ、教員らは学生たちにオンラインでの講義再開を望むか聞いてみた。すると、95%が希望すると回答した。「多くの学生が、地下壕で空襲警報を聞いたり戦争のニュースを読んだりするより、講義に戻りたいと言ってくれたんです」
教授陣は、今年最終学年を迎える学部生や大学院生に対しては、可能なら講義を完了して最終試験を行い、卒業させたいと考えた。プシカルさんは「戦争で(試験を)休んでしまえば学生は1年を失う。それは避けたい」と話す。
ロシア軍の侵攻後、国内各地で送電網や施設が破壊された。北部のチェルノブイリ原発や南部ザポロジエの原発もロシア軍の標的になり、戦闘に巻き込まれた。プシカルさんは「エネルギー分野の技師などの中には軍務に就いた人、亡くなった人もいます。施設の修理に必要な人材を供給するためにも、講義を再開しようと決めました」と説明する。
電力工学部の教授陣や技師らは講義や実験を動画で撮影して学生向けに配信。すでに学生の9割以上がオンライン講義を受講しているという。
一方、戦災で講義に必要なノートパソコンを失った学生や教員も少なくないという。「スマートフォンで受講するのは難しい。パソコンは高価。支援が必要です」。プシカルさんは戦後復興などを視野に入れた日本との関係強化に期待する。大学間の協力協定を結ぶ芝浦工業大はキーウ国立工科大の学生向けに4月11日から英語のオンライン講義を配信し、4月末までに6人が受講した。
マリウポリで行方不明の学生も
オンライン講義が再開されても危険がなくなるわけではない。ロシア軍の激しい包囲戦にさらされた南東部の工業都市マリウポリの実家に避難した学生のビクトリア・リセンコさん(19)が最後にオンライン講義に参加したのは4月6日だ。「(電子機器を制御する)マイクロコントローラーのプログラミング」に関する課題をオンラインで提出した後、連絡が途絶えているという。
「すでに私の学生2人が亡くなっている。彼女は無事でいてほしい」。プシカルさんはそう祈った。その後、両親らから「家の地下室にいた娘は、ロシア軍の爆撃で生き埋めになった」と…
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