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拡張する脳

脳とコンピューターを「融合」させる技術の実用化が国内外で目覚ましく発展しています。その研究現場や課題を伝えます

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愛していると伝えたい ALS患者「完全閉じ込め」の苦悩 /1

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海田孝史さん(仮名)と家族の肖像画=2022年4月21日、池田知広撮影
海田孝史さん(仮名)と家族の肖像画=2022年4月21日、池田知広撮影

 脳と機械をつないで機能的に連動させる技術「ブレーン・マシン・インターフェース」(BMI)の発展が目覚ましい。念じるだけで機器の操作や文字入力ができるなど、SFの世界で語られていた技術が最近、一気に実用化しつつある。新連載「拡張する脳」の第1部では、BMIが医療に応用され始めている現状を報告する。【池田知広】

連載「拡張する脳」第1部(全9回)は以下のラインアップでお届けします。
第1回 ALS患者「愛していると伝えたい」
第2回 脳波で文字入力 阪大が治験計画
第3回 頭でイメージ まひの指動いた
第4回 開発競争「バチバチの戦い」
第5回 「心」は診断できるか
第6回 光よ再び 人工網膜の可能性
第7回 肉体の限界を超える
第8回 負の歴史 直視を
第9回 舩後参院議員に聞く

まぶたの動きで「イエス」

 東京都内のマンションの一室。ベッドで横たわる男性は、額に黒い帯状の装置を巻いていた。「お名前は海田さんでよろしいですか?」。周囲が固唾(かたず)をのんで見守る中、約30秒後に機械の音声が呼びかけに答えた。「イエス、イエス」

 全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)」(ALS)を患う海田孝史さん(36)=仮名=は4月21日、脳の血流状態で「イエス」「ノー」を伝える意思伝達装置「新心語(しんこころがた)り」の練習を自宅で受けていた。

 海田さんは、周囲に意思を伝えられない「完全閉じ込め状態」(TLS)に近くなっている。ただ、意識ははっきりしていて、音もちゃんと聞こえている。今は妻奈津子さん(41)=仮名=と2人のヘルパーだけが、眼球かまぶたのわずかな動きで「イエス」の意思を読み取れる。

 海田さんが発症したのは2018年。前年に証券会社から投資会社に転職して部長になり、部下を持った直後のことだった。突如、口笛がうまく吹けなくなった。症状の進行は早く、19年3月にALSと確定診断を受け、その4カ月後には気管切開して人工呼吸器を装着した。チューブで胃に栄養を送る胃ろうの手術も受けた。

「パパは君たちのそばに居たい」

 先を案じ、こうした延命の手術を受けるべきか悩んだという。それでも決心したのは、今は7歳と4歳になる2人の幼い息子の成長を見守りたかったからだ。手術の翌月、まだ動かすことができた左手でスマートフォンにメッセージを残した。

 「パパはお医者さんでも治せない病気にかかってしまいました。いま、世界の凄(すご)い博士や、最先端の技術を持つ企業の人たちが、治療方法を探しています。ロボット分野の専門家が、目の動きで会話ができたり、脳の電気信号でロボットを動かしたりする研究をしています。パパは君たちのそばに居たい、応援し続けたい」

 手術してから、すぐに視線で文字入力ができる装置を取り入れた。当初はかなりの速さで文字を打ち込んでいたが、目が動かしづらくなり、使えなくなった。ヘルパーが「あいうえお」などと読み上げ、伝えたい文字の時に海田さんが目の動きで合図を送る「口文字」と呼ばれる手法でコミュニケーションを続けたが、それも21年末ごろから難しくなっていった。

 「つらい」「たすけて」。前向きだった海田さんから、ネガティブな言葉が多くなった。

 今は24時間態勢の介護を受けている。22年3月、ヘルパーが時間をかけて口文字で心境を聞いた。「愛していると伝えられないことがつらい」

 ベッドの周囲で無邪気に遊ぶ子どもたちに、伝えたい思いがたくさんある。それができないもどかしさは、想像を絶する。「本当に、…

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