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私のことだま漂流記

山田詠美さんが、さまざまな人や言葉との出合いを軸に、作家としての歩みを振り返ります。挿絵はイラストレーターの黒田征太郎さんです。

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私のことだま漂流記

/50止 山田詠美 黒田征太郎・え

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前回までのあらすじ

 親しい友人の死をはじめ、これまでの人生で経験した「喪失」を、山田詠美さんは小説に昇華させてきた。「秩序を失った感情の渦に、ひとつひとつ正確な言葉を与えて、整えて行く。それが、私にとっての『書く』という行為だ」。さまざまな言霊との出合いを抱え、作家は生きて行く。

 さて、宇野千代先生の「生きて行く私」と同じ連載の紙面をいただき、この上ない幸せとおおいなる緊張を胸に、ここまで書き進めて来た。この回で、ひとまず筆をおき、休息しようと思う。これで、私の「根も葉もある嘘(うそ)」のような自伝めいた小説は終わるのか。いや、それは解(わか)らない。往生際悪く、また、どこかで続きを書き始めるかもしれない。なにせ、宇野先生が「生きて行く私」の連載を開始したのは、御年八十四歳なのである。私が追い付くまで二十年余もあるではないか。その間のことだって、書きたくなるに決まってる。生きていればの話、だが。自分自身について書くのは案外楽しいもんだと、毎回、小説家としての性根が、私に知らしめるのだった。格好付けたら駄目だよ、と語りかけもした。

 最終回にあたって、少しばかり「女流」という言葉について書いておきたい。

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