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失明者が感動「光が見えた」 開発進む人工網膜の可能性 /6

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不二門尚・大阪大特任教授が開発中の人工網膜の体外装置。眼鏡に付いたカメラからの画像情報を、体内に埋め込んだ装置に無線で伝える=不二門特任教授提供
不二門尚・大阪大特任教授が開発中の人工網膜の体外装置。眼鏡に付いたカメラからの画像情報を、体内に埋め込んだ装置に無線で伝える=不二門特任教授提供

 脳と機械を連動させる技術「BMI(ブレーン・マシン・インターフェース)」を使い、全盲の人が光を感じられるようになる――。視覚や聴覚がなくても、生き残った神経細胞に機器をつなげて見えたり聞こえたりする「感覚型BMI」と呼ばれる技術が、現実のものになろうとしている。【松本光樹】

連載「拡張する脳」第1部(全9回)は以下のラインアップでお届けします。
第1回 ALS患者「愛していると伝えたい」
第2回 脳波で文字入力 阪大が治験計画
第3回 頭でイメージ まひの指動いた
第4回 開発競争「バチバチの戦い」
第5回 「心」は診断できるか
第6回 光よ再び 人工網膜の可能性
第7回 肉体の限界を超える
第8回 負の歴史 直視を
第9回 舩後参院議員に聞く

淡い期待で臨床研究参加

 「何事にも代えがたい感動だった」。神戸市西区のしんきゅう師、榊原道真(さかきばらみちまさ)さん(69)は2014年6月、大阪大付属病院で「人工網膜」と呼ばれる装置を目や頭に埋め込む手術を受けた。手術から数日後、病室でカメラ付きの眼鏡をかけると、暗闇にぼおっとした白いものが浮かんでいるように見えた。「何年かぶりの光だった。すごくうれしかった」と振り返る。

 40年以上前の20代の時に網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)を発症した。網膜内で視覚情報を受け取る「視細胞」に異常が起き、暗い所で物が見えにくくなったり、視野が狭くなったりする遺伝性の目の難病だ。4000~8000人に1人が発症すると考えられており、進行すると失明につながる。治療法はいまだにない。

 榊原さんは徐々に視力が下がり、1997年には視覚障害1級に認定された。2010年ごろ、完全に光を失った。

 その頃の主治医だった不二門(ふじかど)尚(たかし)・大阪大特任教授(医用工学)に開発中の人工網膜の臨床研究に参加するよう協力を依頼された。「ちょっとでも見えたら」。淡い期待を抱いて快諾した。

 人工網膜は、カメラ付きの眼鏡とそれに連動する装置からなる。装置の一つは、カメラが撮った画像情報を受け取って送信する電子機器で、側頭部に埋め込む。もう一つは、画像情報を神経細胞に電気信号として伝える電極チップ(5ミリ四方、厚さ約1ミリ)で、網膜の近くに置く。

 カメラのスイッチを入れると、画像情報が眼鏡のフレームから電子機器を介してチップに届く。チップは視細胞の役割を果たし、視神経を通して脳に視覚情報を伝える。脳内では、黒い背景に縦7個、横7個の計49個の白い点によって撮影した物の形が表示される。

 榊原さんはカメラ付きの眼鏡をかけて、自宅や病院で訓練を積んだ。すると路上の白線がぼんやりと見え、線に沿って歩けるようになった。臨床研究の参加者の中には、動いている物は見えるものの止まっている物が見えなかった人がいた。止まった物も見えて洗濯物をたたむことができた人もいた。

 不二門さんは「理論的にはうまくいっても、現状は視力0・1程度。見え方には個人差があり健常者とも違うので、リハビリの方法も慎重に開発する必要がある」と指摘。過度な期待にはくぎを刺すが「失明している方々にとっては大きなこと。数年後の治験に向けて研究を進めていきたい」と話した。

 研究期間は1年間…

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