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5月に開催された在京オーケストラの演奏会をいくつかピックアップして2回に分けて振り返る。初回は名匠マレク・ヤノフスキと次期首席指揮者ファビオ・ルイージが客演したNHK交響楽団の定期公演。取材したのはヤノフスキ指揮によるAプログラム2日目(15日)とルイージが登場したCプロ2日目(21日)。
【NHK交響楽団5月定期公演Aプログラム】
ヤノフスキとN響は東京・春・音楽祭で2014年からワーグナーの大作「ニーベルングの指環」を毎年1作ずつ上演したことが契機となり、信頼関係が深まり同オケの定期公演にもしばしば客演するようになった。ヤノフスキの音楽を例えていうならばぜい肉をそぎ落とした筋肉質の身体を駆使して繰り広げられる一流アスリートのパフォーマンスのように筆者は感じる。過去の慣習にとらわれずに、虚飾を排してひとつひとつのサウンドを磨き上げて質実剛健に音楽を組み立てていく。この日の演奏もそうだった。
メインのシューベルトの交響曲第8番ハ長調は音量のコントロールが厳格に行われており、それはハーモニーを構成する各パートそれぞれのバランスにまで注意を払っていることがうかがえるほど緻密な演奏であった。その結果、シューベルトの音楽がバッハのように引き締まって聴こえたり、ベートーヴェンを彷彿(ほうふつ)とさせる力強さを帯びたり、また時にはブルックナーの交響曲のごとく壮大に響いたりもした。実に面白い。作品に内在する多様な要素が浮き彫りにされたことで、古典派からロマン派への過渡期に生きたこの作曲家の本質に光が当たる秀逸な仕上がりとなった。
もうひとつ記しておきたいことはN響の充実ぶりを改めて実感できたことである。それは第4楽章終盤、コーダに差し掛かるところ、弦楽器がC(ド)の音をユニゾンで4回、4セット弾く箇所。2017年6月の定期でパーヴォ・ヤルヴィがこの曲を指揮した時初めて感じたことでもあるが、重厚で力強い響きは、20年くらい前までの日本のオーケストラからはけっして聴くことができないものであった。この日は14型の弦楽器編成ながら、しっかりとした芯のある厚い響きに圧倒された。シューベルトはベートーヴェンの第1交響曲に敬意を払ってこの作品を創作したとされるが、両曲に共通するハ長調、その主音(トニック)であるCの音に込めた作曲家の思いに注目する指揮者は最近多い。ヤノフスキも恐らくそうなのであろう。この部分ではとりわけ力を入れてタクトを振っていた。指揮者の要求に応えてこうした特別な響きを難なく、そしていつでも表出できることはオケの底力を示すものにほかならない。
終演後、盛大な喝采はオケが退場しても鳴りやまずヤノフスキがステージに再登場していた。なお、前半のシューマンのヴァイオリン協奏曲ではソリストのバーエワが弓を飛ばすほどの力のこもった演奏を披露した。

【NHK交響楽団5月定期公演Cプログラム】
N響5月定期のB、Cプロには今年9月から同団首席指揮者に就任するファビオ・ルイージが登場した。取材したのはCプロの2日目、モーツァルトとベートーヴェンというウィーン古典派の演目。前半、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番のソリストはアレクサンドル・メルニコフ。オケだけが演奏している間も終始、その旋律をピアノで弾くような仕草を見せるなど作品に没入している様子で、そこから繰り出される表現はシンプルではあるが、奥深さを感じさせるものであった。ルイージはメルニコフに伸び伸びと弾かせながらも、さすがオペラの経験豊富なマエストロだけに、ソロに合わせてオケを自在にリードしていく術(すべ)にたけており、柔軟かつ活発なアンサンブルを作り出していた。
メインはベートーヴェンの第8交響曲。ルイージは古典派作品としての造形美を尊重しながらもそこに内在するロマンの香りも引き出すような解釈で、ベートーヴェンの革新性をうまく表現していた。
また、この日ホルンの1番パートを担っていたのは今春N響を退団した前首席奏者の福川伸陽。出演予定だったプレイヤーが急に出られなくなりリハーサルなしの文字通りのぶっつけ本番だったそうだ。それでもベートーヴェンの第3楽章中間部では見事なソロを披露するなど、その実力の高さをアピールし終演後、一部聴衆からは退団を惜しむ声も上がっていた。
なお、次回のルイージの登場は今年9月の定期ABC全プログラムで、いずれも首席指揮者就任披露公演として開催される。

☆公演データ
【NHK交響楽団5月定期公演Aプログラム】
5月14日(土)18:00、15日(日)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
指揮:マレク・ヤノフスキ
ヴァイオリン:アリョーナ・バーエワ
コンサートマスター:白井 圭
シューマン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調
シューベルト:交響曲第8番ハ長調D944 「ザ・グレート」
【NHK交響楽団5月定期公演Cプログラム】
5月20日(金)19:30、21日(土)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
指揮:ファビオ・ルイージ
ピアノ:アレクサンドル・メルニコフ
コンサートマスター:篠崎 史紀
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調K466
ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調Op.93
筆者プロフィル
宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。