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心臓、腎臓、眼球を提供した母の遺言 「ママはまだ生きている」

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自宅での一家だんらん。にこやかな表情を見せる遠藤緑さん(右から2人目)。左から3人目が娘の麻衣さん=遠藤麻衣さん提供
自宅での一家だんらん。にこやかな表情を見せる遠藤緑さん(右から2人目)。左から3人目が娘の麻衣さん=遠藤麻衣さん提供

 東日本に住む遠藤麻衣さん(39)は、数年前に母の緑さん(当時61歳)を不慮の事故で亡くした。以来、波のように襲われる絶望感や喪失感と向き合い続けている。「苦しみは消えないが、母が話していた強い思いが生きる希望になっている」。残された家族の心を支えるのは、緑さんが示し続けた臓器提供の固い意志だった。【倉岡一樹】

まさかの交通事故と母の危篤

 8月の深夜、遠藤さんの夫のスマホが鳴った。救急隊員が緑さんの事故を告げる。「すぐ病院に向かってください!」。その声のトーンは切迫していた。緑さんは経営する飲食店から、遠藤さんらと同居する自宅へ車で帰る途中、小さな無人駅の近くにある木に衝突し、救急搬送された。運転中の体調急変なのか、過失なのか事故原因は不明だ。

 遠藤さんは、父とともに小さな町の自宅から車で1時間かけて都市部の病院へと向かった。

 「ママ、無事でいて!」

 病院に着くと、緑さんは集中治療室にいた。意識がなく、看護師は「このまま亡くなる可能性があります」と話した。

 その数時間前、遠藤さんは緑さんと電話でやりとりをしたが、普段と変わらなかった。表面上は健康にも問題はない。明るく社交的で、老人ホームや敬老会で日本舞踊を披露するなど活動的だった。

 「ママは絶対大丈夫」

 その翌朝、さらに大きな病院へ転院したが、母の回復を信じて疑わなかった。

 緑さんは「脳梗塞(こうそく)」と診断され、脳のむくみを取るために頭蓋骨(ずがいこつ)を開く手術を受けるほど重篤だった。医師は手術後に告げた。

 「ここが山になります」

 遠藤さんは葛藤した。

 「どうして私たち家族がこんなに苦しい思いをしなければならないの。ママが一番つらいけど……」

よみがえる母の言葉「体で使えるものは全部使って」

 母を思うがゆえに交錯する複雑な感情に胸が締め付けられた。折れてしまいそうな心を奮い立たせた。

 「頑張って生きて! 意識が回復しなくても、寝たきりでも生きていてくれさえすればそれでいい」

 願いが通じたのか、やや回復の兆しが見え、山を乗り越えられたと思った。だが、意識は戻らない。体に何本もの管をつながれ、別人のように顔がむくんでいた。主治医が苦渋の表情で話す。

 「枯れた花にいくら水をあげても元に戻らないように、脳梗塞になると手立てがない……」

 ベッドの上の母を見つめる遠藤さんの脳裏を、数カ月前、自宅リビングで2人で交わしたやりとりがよぎった。

 「管だらけで痛いのは嫌だから(私の体で)使えるものは全部使ってほしい」

   ◇

 緑さんから臓器提供の意思を初めて聞いたのは、遠藤さんが小学校5年生のころ、車中だったという。

 「車社会だからどんな事故に巻き込まれるか分からない。もしママが死んだら使えるもの(臓器)は全部使ってね。灰にしたらもったいないでしょ」

 緑さんは1980年代にアイバンクにも登録していた。「根っから人の役に立ちたいと思っていた」という母はその後も繰り返した。「ママが死んだら使えるものは使わなきゃダメよ」。健康保険証が更新される度に裏面の意思表示欄に家族で署名し合った。

   ◇

 「ママの思いを伝えなければ……」

 数日たっても快方に向かう兆しが見えない母の姿に、遠藤さんはそう考え始めていた。主治医が言う。

 「緑さんは自分で息をしていません。機械で息をしています」

 沈鬱な空気が流れる。静寂の後、遠藤さんの父が口を開いた。

 「かわいそうだから楽にしてあげてほしい」

 入院4日後の深夜、遠藤さんは、母の財布の中にあった健康保険証の裏面を看護師に示し、臓器提供の意思を示した。

 「ママの願いをかなえてあげたい」

娘の迷い「本当に臓器を提供していい?」

 看護師たちは途端に慌ただしくなった。…

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