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長い間、安全性を強調して、原発を推進してきたのは国である。判決を「免罪符」にすることは許されない。
東京電力福島第1原発事故について、最高裁が国の賠償責任を認めない判決を出した。被災した住民ら計約3700人が原告となった4件の集団訴訟での結論だ。
最高裁が、具体的な判断を示すのは初めてとなる。全国で約30件の集団訴訟が起こされ、1、2審判決は12件が国の責任を認める一方、11件は認めず、判断が分かれていた。
2011年3月の東日本大震災で、福島第1原発は最大で高さ15・5メートルの津波に襲われた。電源が失われて原子炉を冷却できなくなり、炉心溶融や水素爆発が起き、大量の放射性物質が飛散した。
その9年前に、政府の地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」では、巨大津波を起こす地震が発生する可能性が示された。東電側はこれを基に、最大で高さ15・7メートルの津波を想定していた。
疑問残る「想定外」認定
判決は、想定が合理的なものだったと認めつつも、実際の津波は規模や押し寄せる方向が異なっていたと指摘した。
国が想定に基づいて東電に対策を命令し、防潮堤が設けられていたとしても、被害を防ぐのは難しかったと結論づけた。
しかし、巨大津波のリスクが示されたにもかかわらず、対策は講じられないまま、事故が起きた。東電は想定を重視せず、国もその方針をうのみにしていた。
原発事故は甚大な被害をもたらす。万が一にも事故が起きないよう、国が電力会社を厳格に規制することが不可欠だ。
何らかの対策が取られていれば被害を軽減できた可能性もある。判決の認定には疑問が残る。
審理した裁判官4人のうち、1人は反対意見で「国や東電が真摯(しんし)に検討していれば、事故を回避できた可能性が高い」と指摘した。
そもそも原発事故は、法的な責任の所在が曖昧だ。
原子力災害は、過失の有無にかかわらず、事業者が損害を賠償すると法律で定められている。国は必要な援助をするにとどまる。
一連の集団訴訟は国や東電の責任を明確にしようと起こされた。
原告の小丸哲也さん(92)は福島県浪江町で代々、農業を営んできた。自宅が帰還困難区域となり、関東地方の親族宅に避難を余儀なくされた。
最高裁の審理で「家も田畑も汚染され、人生をかけて築き上げてきた全てを失った。『安全神話』を言い続けてきた国の責任をはっきりと認めてほしい」と訴えた。
今も福島県の住民約3万人が、全国各地で避難生活を送る。事故で地域のつながりを奪われ、生活の基盤を失った。子どもが避難先でいじめにあった人、家族がばらばらになった人もいる。
賠償基準の見直し急務
4件の集団訴訟では、既に上告が退けられ、東電が支払う賠償額は確定している。いずれも国の基準を上回る金額だ。
現状の賠償が被害者の救済には不十分だという司法からの警告である。国は重く受け止め、直ちに基準を見直さなければならない。
賠償のほか除染や廃炉など、原発事故の処理費用は計21・5兆円と試算されている。費用はさらに膨らむ可能性が高い。
本来は東電が大半を賄うが、国が立て替え分などとして約10兆円を手当てしている。東電が負担しきれず、被害救済や復興に支障が生じることがないよう、国は責任を果たす必要がある。
福島の事故後、独立性の高い審査機関として原子力規制委員会が発足した。最新の知見に設備を適合させる制度も設けられた。
審査は長期化する傾向にあり、規制委に安全審査を申請した全国の27基のうち、再稼働したのは10基にとどまる。
事故から11年が経過し、政府・与党内には、原発回帰を探る動きがある。
政府の重点政策を示す「骨太の方針」では原発について、昨年度までの「可能な限り依存度を低減する」との文言が消え、「最大限活用する」と明記された。
再稼働を推進する思惑から、規制委に「効率的な審査」を求める表現が新たに加えられた。
安全性が確認されない限り、原発は稼働させてはならない。福島の事故の教訓をないがしろにすることは許されない。