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知床観光船事故

2022年4月23日、知床半島沖で観光船が沈没。乗客乗員計26人のうち14人が死亡、12人が行方不明に。

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残された釣り具、奪われた未来 「夢でいいからもう一度」父の思い

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釣りが趣味だった鈴木智也さん=父剛さん提供 拡大
釣りが趣味だった鈴木智也さん=父剛さん提供

 北海道・知床半島沖で小型観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」が沈没した事故で、死亡が確認された鈴木智也さん(当時22歳)=北海道北見市=の父剛(つよし)さん(51)が6月中旬、毎日新聞の取材に応じた。智也さんは船上で交際相手の女性にプロポーズしようとしていた。「事故に遭った人たちには大切な存在がいた。行方不明者が見つかるのを待つ家族もいる」。剛さんはそれを忘れてほしくなくて、語ろうと決めた。23日で発生から2カ月になるが、今も強く思う。「時間が解決するなんてことはない」【山田豊/北海道報道部】

 あの日のことは鮮明に覚えている。「智也が見つかったかもしれない」。事故発生5日後の4月28日午後5時ごろ。剛さんの携帯電話に、智也さんの兄にあたる長男から連絡があった。現地対策本部のある斜里町ウトロ地区に急いで向かう途中、今度は海上保安庁の担当者から電話がかかってきた。「智也さんが見つかりました。免許証を携帯していたので間違いありません」

 その日の夜、遺体安置所になっていた町営の体育館へ案内された。そこに、変わり果てた息子がいた。お気に入りの黒いジャンパーにオレンジ色の靴下、間違いなく我が子のものだった。「何やってるんだ。こんな所で……」。横たわる息子に触れると冷たくなっていた。思わず、泣き崩れた。

 カズワンが出航したウトロ漁港近くに智也さんの車も止まっていた。トランクには、手紙とティファニーのペンダントがあった。智也さんが以前「彼女の誕生日に知床へ行こうと思っている」と話していたのを思い出した。親友に「船上でプロポーズしようと思う」と相談していたことは、事故の後で知った。

 息子はよく、家族にも内緒で贈り物を準備してくれていた。剛さんの誕生日に日本酒の一升瓶、母親の時はフライパンのセット。無邪気な笑顔で「お母さん、プレゼント!」と喜ばせた。学生のころ、アルバイトの給料で家族に牛丼をごちそうしてくれたこともあった。剛さんは「牛丼だけれど、わずかなバイト代でニコニコとしながらごちそうしてくれた。その気持ちが本当にうれしかった」と目を細める。

 智也さんは、知床半島の雄大な自然を見ながら交際相手に思いを伝えようとしていたのか。サプライズでプロポーズしようとしていた息子を想像すると、「相変わらずだな」という気持ちがわいて、少し笑みが浮かびそうになる。

 智也さんの遺体は地元の帯広市に戻り、5月初めに通夜が営まれた。「弟にしてやれることは、これが最後だから」。長男は「冷たい海で寒かっただろう」と、季節外れのオレンジ色のダウンジャケットを取り寄せた。斎場には「生きた証しを見てもらいたい」と、幼いころからの写真や思い出の品を並べた。その中で、多くの友人たちが別れを惜しんだ。

 5月のうちに、北見市にある智也さんの自宅の片付けも家族でした。事故の約2カ月前、交際相手と同居しようと引っ越したばかりだった。部屋には、たくさんの釣りの仕掛けがあった。剛さんも釣りが趣味で、よく一緒に出かけた。5~6月ごろから釣りシーズンが本格化し、今年も一緒に行こうと考えていた。カラフトマスやアキアジ、ワカサギ――。持ち主を失った釣り具たちを見て、一緒に過ごす楽しみを奪われた現実を感じた。

 設備関連企業に勤務していた智也さんは、仕事も順調だった。「昇格おめでとう」というプレートのついたケーキを交際相手と食べている写真を携帯電話に送ってきてくれたこともあった。上司や同僚からも可愛がられ、よく「食事に連れて行ってもらった」とうれしそうに話していたという。「勤め先のある北見でも多くの人たちに支えられていたことに感謝したい」と、剛さんは話す。

 ずっと気がかりなこともあった。「喜ばせたい」という気持ちからとはいえ、交際相手を知床に誘ったのは智也さんだった。そこで2人とも事故に巻き込まれた。「息子が連れて行かなければ……」。しかし、交際相手の両親から「落ち着いたら線香をあげに行きたい。本人同士の気持ちは変わらないと思います」と声を掛けられ、少し救われた気持ちになった。

 一方で、息子と交際相手の未来を奪った事故に対する怒りは消えない。知床遊覧船の桂田精一社長(58)からは、弔電や花も送られてこなかった。剛さんは「何か人ごとのようで悔しかった。(受け取ってもらえないと思っていたとしても)弔電や花を受け取る、受け取らないは遺族が決めること。憎しみだけが積もってしまう」と憤る。そして、「なぜ船が沈没したのか知りたい。二度と同じような事故が起きてほしくない」と思う。

 剛さんは毎朝、智也さんの写真が飾られた仏壇に食事と水を供えて「おはよう、今日も行ってくるよ」と語り掛けて出かける。帰宅すると、線香に火をつけて「ただいま、今日も無事に帰ってきたよ」と伝える。線香が消えるのを見届けて、剛さんの1日は終わる。

 今も、智也さんの写真が目に入ると涙が止まらなくなることがある。「夢でいいからもう一度、話がしたい。『幸せだったのか』と聞きたい」。剛さんの願いだ。そして、こう言ってあげたい。「智也が息子で良かったよ」

【知床観光船事故】

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