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第26回参院選

2022年夏の参院選は6月22日公示、7月10日投開票。関連するニュースをまとめています。

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山が動いた、法律ができた 熱狂の1989年参院選が残したもの

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第15回参院選の開票が進み、候補者名の上に赤いバラを付ける社会党の土井たか子委員長(中央右)=東京都千代田区の社会党本部で1989年7月23日、荒井真治撮影 拡大
第15回参院選の開票が進み、候補者名の上に赤いバラを付ける社会党の土井たか子委員長(中央右)=東京都千代田区の社会党本部で1989年7月23日、荒井真治撮影

 日本の政治史に残る場面をいくつか選ぶなら、この瞬間を脳裏に浮かべる人も多いのではないか。今から33年前、平成になって間もない1989年7月の参院選。与野党逆転を果たす躍進を遂げた社会党の土井たか子委員長が「山が動いた」と名言を残した。だが、衆院選と比べて政権交代に直結するわけではない選挙が、政治の何を変えたのだろう。22日公示(7月10日投開票)予定の参院選を前に、当時の熱狂のその後を追うと、確かに変化が起きていた。

自民結党以来初の過半数割れ

 候補者名が記されたボードに、赤いバラが次々と並んだ。「巨大なエネルギーで、山が動いている」。少しこわ張ったような表情で記者会見した土井委員長の一言が、自民党を結党以来初の過半数割れに追い込んだ重みを表していた。89年7月23日に投開票された第15回参院選。消費税導入やリクルート事件に加え、自身の女性問題でも批判を浴びた自民党の宇野宗佑首相は、直後に退陣を表明した。衆院の多数は自民党、参院の多数は社会党などの野党。選挙後、こうした状況は「ねじれ国会」と呼ばれるようになった。

第15回参院選の開票が進み、大勝に笑みがこぼれる社会党の土井たか子委員長=東京都千代田区の社会党本部で1989年7月23日 拡大
第15回参院選の開票が進み、大勝に笑みがこぼれる社会党の土井たか子委員長=東京都千代田区の社会党本部で1989年7月23日

 とはいえ、衆院と参院で意見が合わず、話し合いでもまとまらない場合、首相の指名や予算の議決などは衆院で決められた通りになる。衆院には解散があり民意を反映しやすいためとされ、こうした「衆議院の優越」は憲法で認められている。当時も参院では土井委員長が首相に指名されたが、実際に首相となったのは衆院で指名された自民党の海部俊樹氏だった。そもそも参院は、多様な意見の反映や衆院の行き過ぎ抑制という役割を期待されていながら、衆院を通過した法律をそのまま通す「カーボンコピー」と皮肉られ、不要論さえくすぶってきた。

無視できぬ野党の声、動き出した法案

 それでも、この89年参院選を機に動き出した法律があった。育児休業法だ。

育児休業法ができた当時を振り返る高橋保子さん。1960年代に保育園を開設し、働く親たちを支えてきた=東京都大島町で2022年6月2日、椋田佳代撮影 拡大
育児休業法ができた当時を振り返る高橋保子さん。1960年代に保育園を開設し、働く親たちを支えてきた=東京都大島町で2022年6月2日、椋田佳代撮影

 当時、育休が法律で認められていたのは教員や看護師など一部の女性だけで、それ以外の女性や男性は対象外だった。東京都武蔵村山市の保育園長だった高橋保子さん(88)の元にも「産休が終わるんですが、どうにかなりませんか?」と入園希望の母親からの相談がたびたび寄せられた。働きながらの子育てを希望する女性が増えているのに、サポートする制度や施設は不十分なまま。出産でやむなく退職する女性も多かった。だが自民党内には、企業の負担の大きさなどを理由に法制化に反対意見が根強く、参院選の2年前にも社会党などが参院に法案を提出したが、廃案になっていた。

 89年の選挙の後、参院では多数派となった野党が法案を可決できるようになった。衆院で否決すれば成立はしないものの、自民党も一方の議院での可決という重みから、野党の意向を無視できなくなった。選挙の4カ月後、野党各党が育児休業法案を参院に提出すると、参院に設置された「育児休業問題に関する小委員会」に自民党も加わり、本格的に議論した。この時は再び廃案となったが、その後に政府案として提出される。高橋さんは自民党の検討委員会に招かれ、各地の保育園を代表して必要性を訴えた。

育児休業法が変えた子育ての風景

育児休業法制定を求めて開催された連合の集会。先頭を歩く松本惟子さん(前列右から2番目)=東京都内で1991年2月16日撮影(連合提供) 拡大
育児休業法制定を求めて開催された連合の集会。先頭を歩く松本惟子さん(前列右から2番目)=東京都内で1991年2月16日撮影(連合提供)

 こうして91年、男女問わず子どもが1歳になるまでの休業を認める育児休業法が成立した。山が動いてから2年後のことだった。当時、連合の副事務局長として1000万人署名運動などを展開した松本惟子(ゆいこ)さん(85)は「世論の高まりに加え、あの選挙の結果が自民党に危機感を与え、法制化へとつながるきっかけになった」と分析する。

 同法ができて子育ての風景も変わり始めた。東京都江戸川区の会社員、高橋孝さん(61)は、施行直後に男性としては社内で初めて育休を取得した。共働きの妻が産休を終え、職場に復帰した後の3カ月間、長男の育児に専念した。同僚の女性たちからは「三日坊主はだめだからね」と激励された。

 平日に長男をベビーカーに乗せて公園に行くと、母親たちの視線が集まった。「何で父親が平日の昼間から……と不思議だったんでしょうね」。気恥ずかしかったが、育休中に長男が初めて寝返りを打つのを見られたときはうれしかった。

 あれから30年。平日に子育てする父親を見かけることも珍しくなくなった。「あの時の法律が、今につながっているんだな」と評価する。

 一方、保育園長だった高橋保子さんは、あの参院選を、女性の当選が目立った「マドンナ旋風」としては覚えているが、育児休業法の潮目を変えた選挙だったとは知らなかった。「『衆院があるのに、参院も必要なの?』とずっと思ってきた。参院の取り組みは、もっと知られてよいのかもしれない」【堀智行、秋丸生帆、椋田佳代】

    ◇

 参院は、衆院とどこが違うのか。何のためにあるのか。参院の節目に関わった人たちと考えた。

【第26回参院選】

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