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軍服に身を包み、銃を構える姿には、あどけなさが残る。「息子は家族や母国を守りたいと思っていた」。スマートフォンに残された写真を見ながら、アナ・ボルギリビッチさん(41)は感情を押し殺すように語った。ウクライナ兵だった長男ビタリーさん(当時20歳)は3月中旬、ミサイル攻撃を受けて命を落とした。努めて気丈に振る舞うようにしているが、寝る前やスーパーマーケットで働いている時など、息子の死を思い出す。
アナさんはモルドバ生まれだが、20年以上前にウクライナに移住。今年4月、ウクライナ南西部のオデッサ近郊の自宅に夫を残し、出身地に近いモルドバ北東部のショルダネシュティに避難し、次男(12)、三男(8)と教会の施設に身を寄せている。

ビタリーさんは路面電車を整備する仕事に就いたが、徴兵されて2020年秋から兵役に就いた。西部リビウや南部ヘルソンとウクライナ国内を転々とした後、直近は南部ミコライウ州に着任。家族との間ではほぼ毎日、スマホなどで会話やメッセージのやりとりを続けてきたが、軍の任務については話さなかった。3月17日を最後に連絡が途絶えたが、「忙しいのだろう」と心配はしていなかった。
せめて晴れ姿で

数日後の夜、地元の役場から突然、アナさん夫妻の所在を尋ねる電話が入った。間もなく、犬が騒がしくほえ、来客を伝えた。暗闇の中、家の前には軍服を着た男性らが立っていた。男性は夫に名前などを尋ねた後、ビタリーさんが亡くなったことを知らせた。就寝中に滞在先の施設が攻撃を受けたという。突然の出来事にパニックになった。「息子をこの目で見て、触るまで信じない」。そう泣き叫ぶアナさんに「明日遺体が到着します」と言って軍関係者は去って行った。「人違いだ」。そう言い聞かせた。
ミコライウからは道路や橋が通れず、遺体が帰ってきたのは2日後だった。夫はビタリーさんと確認した後、「見ない方がいい」と告げたが、アナさんは「どうしても息子に会いたい」とひつぎを開けた。軍服姿でブーツを履いていた。歯の形や腕に刻まれた鳥のタトゥーから本人であることが分かった。寝る時に腕を組む癖があり、ひつぎの中でも同じ状態だった。頭部や顔は負傷していたが、「攻撃を受けた時に寝ていたからかもしれないが、夢を見ているような穏やかな表情でした」。

翌日の3月25日、自宅付近で営まれた葬儀には同級生、恩師ら多くの人たちが集まり、若すぎる死を悼んだ。「結婚とか、人生の中で最も幸福な時間を経験することなく死んでしまった。私たちにできるのは晴れ姿で送り出すこと」。せめてもの思いを込めて、軍服から礼装に着せ替えた。
優しい性格で人と争うことはなく、弟たちをよく遊びに連れ出してくれたビタリーさんは、頼もしい長男だった。冗談を言い合ったり、車の運転の練習に付き合ったり。「長年かけて温めてきた親子の関係、何気ない会話、その全てが記憶になっていく……」。モルドバにも何度かビタリーさんと帰省したことがあり、自らが幼少期を過ごした場所を見せて回った。その時に訪れた森に最近、次男と三男を連れて行った。悲しみがこみ上げたが、兄を亡くした弟たちを動揺させたくないと平静を装った。

これが戦争の現実
ビタリーさんがどのような状況で最期を迎えたのか、詳細は知らされていない。同じ場所で数百人が亡くなったとの情報もある。「国を守るための戦争で多くの命が失われ、残された家族に耐えがたい苦悩を残す。これは大きな悲劇だ。犠牲になるのは一般の人々。政治家はこの争いを一刻も早く止めてほしい」と訴えた。

静かな語り口で戦死した息子への思いを話してくれたアナさん。長男を亡くし、夫とは離ればなれのまま、避難生活が続く。取材に応じた理由や日本の読者に伝えたいことを尋ねると、こう答えてくれた。「遠い日本からわざわざ私たちの話を聞きに来てくれたのがうれしい。この先、ウクライナがどうなるか分からないが、未来の人たちにはこれが戦争の現実だと伝えたい」【宮川佐知子、山田尚弘】
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