夢追う若者と事情抱える高齢者が共存 日雇い労働者の街で新たな物語

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大浴場の入り口にあるフリースペースで西成の歴史や変化について話すコウさん(左)と渡辺優作さん=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年6月14日午前11時41分、松室花実撮影 拡大
大浴場の入り口にあるフリースペースで西成の歴史や変化について話すコウさん(左)と渡辺優作さん=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年6月14日午前11時41分、松室花実撮影

 日雇い労働者の街として知られる大阪市西成区のあいりん地区(通称・釜ケ崎)に、住人の6割を若者が占めるアパートがある。その多くがアートなどの仕事に夢を抱き、集まってきた。今は不安定なフリーまたはアルバイトなどで働く人が多いだけに、都市部ではかなり安い約3万円からの家賃が助かっている。さらに、かつての長屋のような隣人との近さにも刺激を得て、未来への活力にしているようだ。

 南海電鉄萩ノ茶屋駅から徒歩1分。アパートの「ローレル」は、いわゆる「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所がかつては密集していた一角に立地する。築50年の鉄筋コンクリート造り7階建ての簡易宿泊所を全面的に改装し、2020年4月にオープンした。個室以外のトイレや風呂が共用で、シェアハウスと呼ばれる。運営するのは西成で不動産事業やアートプロジェクトなどに取り組むまちづくり会社「日大クリエイション」だ。

6畳の部屋で暮らす美容師のたけやんさん=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年5月26日午後0時15分、松室花実撮影 拡大
6畳の部屋で暮らす美容師のたけやんさん=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年5月26日午後0時15分、松室花実撮影

 足を踏み入れると、壁はカラフルに塗られ、銭湯をイメージした受付など、遊び心たっぷり。1階には仕事や食事ができるスペースやサウナ付きの大浴場、2階から7階に70の個室がある。部屋の広さごとに、家賃は3畳が2万9800円、5畳が3万5000円、6畳が3万8000円。

 6月中旬の時点で52室が埋まり、うち33室に20~30代が住む。写真や映像、音楽などアート関係の仕事に携わる人、あるいは今後その道で食べていくことを目指す人が多い。

1階の共用スペースで談笑する入居者の(右から)たけやんさん、渡辺優作さん、片柳裕太さん=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年5月26日午前11時31分、松室花実撮影 拡大
1階の共用スペースで談笑する入居者の(右から)たけやんさん、渡辺優作さん、片柳裕太さん=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年5月26日午前11時31分、松室花実撮影

 「昼間から路上で酒を飲んでいる人もいて、普通じゃないことが普通の街だけど、自由で心地いい」と話すのは、3月末に入居した美容師の「たけやん」さん(26)。自身は男女の枠組みにあてはめない「ノンバイナリー」で、性別の固定観念にとらわれない髪形を提案する「ジェンダーレス美容師」として活動。美容院では給料制ではなく、指名が入った分だけ個人事業主として収入を得ている。「性別への偏見がない空間を作りたい」と、美容室以外にもカフェや撮影スタジオを持つ夢がある。

 プログラマーの片柳裕太さん(29)は「気軽に飲める安い店が近所にたくさんあるし、難波や天王寺も近くて暮らしやすい」。今は会社勤めだが、10月からフリーに転身し、独立に向かって踏み出していくつもりだ。

シェアハウス形態のアパート「ローレル」。築50年の簡易宿泊所を全面改装して2020年4月にオープンした=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年5月26日午後1時4分、松室花実撮影 拡大
シェアハウス形態のアパート「ローレル」。築50年の簡易宿泊所を全面改装して2020年4月にオープンした=大阪市西成区萩之茶屋3で2022年5月26日午後1時4分、松室花実撮影

 一方、19室には生活保護を受ける高齢者が住み、福祉アパートという側面を持つ。高度経済成長期に全国から日雇い労働者が集まった釜ケ崎はバブル崩壊後、職を失った労働者たちのホームレス化が社会問題となった。近年は高齢で働くことが難しくなった生活保護受給者が増え、「福祉の街」に変わりつつある。大阪市によると西成区の人口に65歳以上が占める割合は39%(22年6月現在)と、市内で最も高い。

 2年前から生活保護を受けてローレルに入居し、若い住人から「コウさん」と親しまれる男性(60)は「西成はだいぶ様変わりして、最近は旅行気分で来る人も多くなったけど、実際に住んでいる若い人と話すのは楽しい」という。デザイナーを目指してアルバイト生活を送る渡辺優作さん(24)はさまざまな理由でこの街にたどり着いた人たちについて「他では出会えないけど、特別な人でもない」。風呂や食事を共にしながら、昔話や人生観に耳を傾け、「近所のおっちゃん」として付き合っている。

入居者が鍋を楽しむイベントの様子=2021年冬(日大クリエイション提供) 拡大
入居者が鍋を楽しむイベントの様子=2021年冬(日大クリエイション提供)

 ローレルでは2カ月に1度、屋上でのバーベキューなどのイベントを日大クリエイションが企画し、住民同士の交流を図っている。高齢の入居者の中には参加しない人もいるが、管理人として住み込む同社の金島小春さんは「無理に介入せず、すれ違うときにあいさつをしたり、足の悪い人がいたら手伝ったりするくらいでいい」と話す。実際に入居者からは「寂しい時に誰かと話せる距離感がちょうどいい」「帰ってきた時に声が聞こえるだけで安心する」という声が上がる。

 新型コロナウイルス禍の前までは安い宿を求める訪日外国人らの増加で、釜ケ崎の簡易宿泊所が一般のホテルに生まれ変わる例が目立っていた。さらに今年4月にはJR新今宮駅北側に星野リゾートの高級ホテルがオープン。古い地元住民の間には、再開発によって生活の苦しい人が住みづらくなることを懸念する声もあるという。

 夢を追う若者と事情を抱えた高齢者が共存するシェアハウスは、釜ケ崎の新たな行く先を照らしているのだろうか。金島さんは「おしゃれを頑張る街やオフィススーツが似合う街もあるけれど、ここは等身大で気を張らずにいられる街だと思う。歴史や文化は消さずに、若い人を呼び込んで活性化につなげたい」と話す。【松室花実】

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