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沖縄戦

「鉄の暴風」が吹き荒れた沖縄戦から77年。約3カ月に及んだ地上戦は住民を巻き込み、日米合わせて計約20万人が犠牲となった。

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「軍備増強、平和もたらさぬ」 元学徒、ひめゆりの塔前で冥福祈る

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卒業式で歌うはずだった「別れの曲」を歌うひめゆり学徒隊の元学徒や同窓生ら=沖縄県糸満市伊原で2022年6月23日午前11時33分、比嘉洋撮影 拡大
卒業式で歌うはずだった「別れの曲」を歌うひめゆり学徒隊の元学徒や同窓生ら=沖縄県糸満市伊原で2022年6月23日午前11時33分、比嘉洋撮影

 沖縄県糸満市伊原の「ひめゆりの塔」前では23日、沖縄戦で負傷兵の看護要員として戦場に動員され、女子生徒と教師計136人が亡くなった「ひめゆり学徒隊」の慰霊祭があった。新型コロナウイルスの感染防止対策で規模を縮小して営まれ、参列した元学徒や遺族ら約30人が、学校生活の半ばで戦争の犠牲になった生徒と教師の冥福を祈った。

 感染防止対策に加え、高齢化によって酷暑の中での慰霊祭に参列する元学徒や同窓生は年々減っている。主催する同窓会の玉城(たまき)節子会長の祭文は同窓生の島袋俊子さん(93)が代読した。ロシアのウクライナ侵攻後、国内で防衛力強化を求める声が高まっていることを踏まえ「軍備の増強は平和をもたらさない。武力で解決するのではなく、話し合いで、外交によって解決してほしい。戦争を体験した私たちは心からそう願っています」と述べた。

 元学徒の島袋淑子(よしこ)さん(94)や仲里正子さん(95)らが卒業式で歌うはずだった「別れの曲(うた)」を歌うと、涙を拭う参列者もいた。

 ひめゆり学徒隊は、沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の生徒や教師で結成された。米軍が沖縄本島に上陸する直前の1945年3月下旬に日本軍の陸軍病院に動員され、看護や手術の手伝いなどに当たった。動員された生徒222人と教師18人のうち生徒123人と教師13人が死亡した。戦後、生存者はひめゆり平和祈念資料館の「証言員」として来館者に体験を伝える講話を続けたが、高齢化が進み、2015年3月で原則終了している。【比嘉洋】

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