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ウクライナ侵攻

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から1年。長期化する戦闘、大きく変化した国際社会の行方は……。

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渡航費は収入半年分 ウクライナ避難者への温かい手、冷たい視線

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マリアさんと娘のアリサちゃん=本人提供
マリアさんと娘のアリサちゃん=本人提供

 紛争や迫害で家を追われた人が、全世界で初めて1億人を超えた。難民、国内避難民はこの10年で倍増し、ロシアによるウクライナ侵攻の影響も重なった。グランディ国連難民高等弁務官は「(1億人は)達成されてはならなかった記録だ」と危機感をあらわにする。一方、日本のネット交流サービス(SNS)上には「ウクライナからの避難者は多額の支援金を手にしている。外国人より困窮した日本人を支援すべきだ」などと現実とかけ離れた意見も拡散している。ウクライナからの避難者の置かれた状況を報告したい。【和田浩明】

2度の戦時避難

 シングルマザーのマリア・ホミャークさん(26)は2度、戦争から逃れた。最初は2014年、故郷のウクライナ南東部クリミア半島がロシアに併合された時だった。

 「私にとって戦争は8年前に始まったんです」としっかりとした英語で言う。

 その後、移り住んだ首都キーウ(キエフ)ではロシア国境に近い東部から移住してきた住民に対する「親露派ではないか」との疑念や差別も目撃した。

 今回の露軍侵攻は2度目の避難だった。発生時は中東のドバイのゲーム会社で働いていたが数日かけてキーウに戻り母に預けていた娘のアリサちゃん(4)を引き取った。

 物価高のドバイで仕事と育児の両立は容易ではなかった。米国のいとこから「米国に来ないか」と打診もあった。だが「米国は教育、医療費が高い。高学歴者か特別な技能がなければ良い就職は難しいのではないか」と断念した。

 ちょうどそのころ「日本がウクライナ避難者を受け入れる」とのニュースを友人が教えてくれた。

 「セーラームーン」などのアニメや「ONE OK ROCK(ワンオクロック)」などJポップ音楽を含む日本の文化が大好きで日本に親近感があった。「気づいたら日本大使館の場所を検索し始めていました」

娘のため日本へ

 避難先として日本を選んだ理由について、マリアさんは「娘のためには教育や医療が受けやすく安全な日本が一番いいと思いました。戦争から逃げなくてすみ、よい将来を築けるかもしれないと考えました」と説明する。

 知り合いを通じて探した在日外国人にオンラインで話を聞くと「(日本人の)知り合いもなく言葉もできない外国人にとっては暮らしやすい国ではない」と消極的だったという。

 だが…

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【ウクライナ侵攻】

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