研究者らに「雇い止め」危機 無期転換適用逃れ? 迫る来春期限

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九州大に有期雇用で15年以上勤務する女性は、今年度限りで「契約の更新はしない」と書かれた労働条件通知書を4月に手渡された=福岡市中央区で2022年7月14日、徳野仁子撮影(画像の一部を加工しています) 拡大
九州大に有期雇用で15年以上勤務する女性は、今年度限りで「契約の更新はしない」と書かれた労働条件通知書を4月に手渡された=福岡市中央区で2022年7月14日、徳野仁子撮影(画像の一部を加工しています)

 大学や研究機関で長年働く非正規職員らが2022年度末での労働契約の打ち切りを告げられる事例が出ている。同じ職場で通算10年働いた有期雇用契約の職員が23年4月以降、「無期雇用」への転換を申し込む権利を得ることが背景にある。一部の大学や研究機関では期限を前に「雇い止め」が相次ぐ可能性があり、「研究力の低下につながる」との指摘もある。

 「今年度いっぱいで契約満期だから」

 非正規の有期雇用職員として九州大(福岡市)で勤務する女性は4月、上司に呼び出され、23年度以降は契約を「更新しない」と書かれた労働条件通知書にサインを求められた。

 女性は教授らの論文作成用のデータ収集や学会発表の準備など研究をサポートする業務を15年以上も担当してきたが、上司から契約を更新しない理由の説明はなかった。23年4月で無期雇用への転換を求める権利が発生することが理由だと感じたが、「断ると22年度の契約も打ち切られる」と思い、仕方なくサインした。

 13年4月の改正労働契約法施行で、有期雇用契約が通算5年を超えた労働者は「無期転換」を求めることができるようになった。雇用の安定化が目的で、勤務先は断ることができない。この「5年ルール」が、大学や研究機関で働く研究者や補助の業務に当たる職員は労働契約法の特例で「10年」となっている。研究者らの場合、関わるプロジェクトが長期に及ぶことが多いことから、研究の継続性を考慮して特例が設けられた。起点は13年4月で、それ以前から非正規で働いていた人は23年4月に無期転換を求める権利を得る。

人事部のある九州大伊都キャンパス=福岡市西区で2022年7月15日午後4時11分、山口桂子撮影 拡大
人事部のある九州大伊都キャンパス=福岡市西区で2022年7月15日午後4時11分、山口桂子撮影

 国は「無期転換ルールの適用を意図的に避ける目的で、雇い止めをすることは労働契約法の趣旨に照らして望ましくない」としている。だが、九大教職員組合には女性のケースと同様に「23年度以降の契約を更新しないと通告された」という相談が複数ある。九大は取材に「雇用の更新や新たな雇用の可否についてはさまざまな理由があり、一概にお答えしかねる」とする。

 こうした状況は九大に限った話ではない。文部科学省によると、23年4月以降、無期転換の権利を得る有期雇用の研究者や職員は、全国の国立大学や文科省所管の五つの研究機関で3756人。一部の対象者はその期限を前に雇い止めされる可能性がある。

 国立研究開発法人「理化学研究所」(埼玉県)の労働組合などでつくるグループによると、有期契約の研究系職員203人が雇い止めになる恐れがあり、それに伴う研究チームの解散なども含めると計380人が職を失う可能性がある。グループは3月、「研究活動に支障が出る」として文科省などに対応を求める要請書を出した。

 7月27日には、11年度から有期雇用で契約を更新してきた研究チームリーダーの60代男性が、理研から22年度末で契約を更新しないと通知されたのは不当な雇い止めだとして、理研に地位確認などを求める訴訟もさいたま地裁に起こしている。

 大学や研究機関が無期転換を渋る背景には何があるのか。研究者のキャリア問題に詳しい一般社団法人「科学・政策と社会研究室」代表理事の榎木英介さん(50)は安定した財源の不足を挙げる。

 国は、国立大学が法人化された04年度以降、人件費や研究費など大学の基盤的経費となる「運営費交付金」を段階的に削減し、研究者が応募して国の審査を経て支給される「競争的資金」を増やしてきた。榎木さんは「雇用を維持できる資金が確保できるか見通せないことが雇い止めを誘発する形になっている」と指摘する。

 契約を「更新しない」と書かれた文書にサインを求められた九大の非正規職員の女性は上司から内々に「半年後に戻ってくればいいよ」とも言われた。退職後、6カ月以上空けると通算の雇用期間がリセットされるルールが念頭にあるとみられるが、法の趣旨にはそぐわない。

 女性は「やりがいを感じていた。必要な仕事のはずなのに、なぜ契約が更新されないのか納得いかない」と憤る。

研究の継続性にマイナスの指摘も

 雇い止めが相次げば、研究の継続性の点からもマイナスだという指摘がある。

 理化学研究所に勤務している50代の男性研究者は22年度限りでの雇用契約の解除を通知された。理研勤務は通算10年を超え、男性は現在、自ら提案し、企業と進めているプロジェクトの代表として研究に取り組んでいる。理研に異議を申し立てたところ、「研究者の流動性を高め、研究を活性化させるためだ」と言われた。男性は「やりたい研究分野に飛び込めるようになるのが『流動性』。雇用条件のために雇い止めされるのは流動性とは言えず、全く不合理だ」と憤る。

 近年、短期間での成果を求められる傾向が強まり、地道に基礎研究に取り組むことができなくなっていると男性は感じる。若手研究者から「やりたい研究があるが、あと2年で契約が切れるので次の場所でやる」という声も聞く。男性は「10年先、20年先には、世界に打ち出していける技術が国内から生まれなくなる。研究の世界はいかに早く発表するかが重要だが、今のままの制度では海外での研究に先を越されてしまう」と危機感を抱く。

 「科学・政策と社会研究室」代表理事の榎木さんは「雇用の安定を図るための法律を悪用して雇い止めするのは法令順守の面から問題で、研究者らのキャリアを軽視している。研究の世界での競争はある程度仕方ないが、10年も勤務したのであれば安定したところにいられるような道筋が必要だ」と語る。【山口桂子】

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