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源平町かいわい(神戸市長田区) 知られざる共生の歴史

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神戸電鉄の軌道下に残るトンネルは閉じられていたが、ウックレ(上側のくぼみ)の入り口だった場所には「源平町17」の住居表示があった。このトンネルの向こうの谷間に在日コリアンらが暮らした集落があった=神戸市長田区で2022年5月15日、高尾具成撮影
神戸電鉄の軌道下に残るトンネルは閉じられていたが、ウックレ(上側のくぼみ)の入り口だった場所には「源平町17」の住居表示があった。このトンネルの向こうの谷間に在日コリアンらが暮らした集落があった=神戸市長田区で2022年5月15日、高尾具成撮影

 知られざる在日コリアンの集落があったと聞き、歴史を学ぼうとフィールドワークに参加した。行き先は神戸市長田区丸山地区にある源平町周辺。神戸電鉄丸山駅で降りると、傾斜地に住宅街が広がる緑いっぱいの場所だった。

 苅藻川が蛇行しながら美しいせせらぎを見せている。落ち着いたたたずまいには理由があった。昭和初期、遊園地や旅館、料亭があり、「神戸の奥座敷」と呼ばれていたというのだ。周辺は神戸電鉄の前身、神戸有馬電気鉄道の有馬線開業(1928年)にあわせて発展。当時、丸山駅は「鷹取道駅」と呼ばれていた。

 その敷設工事には生きる糧を求めて来日した多くの朝鮮人労働者が従事し、戦前の20年代後半ごろから周辺で暮らしていたという。急傾斜地に軌道やトンネルを築くという難工事で、亡くなった人もいたということが、90年代に兵庫朝鮮関係研究会などが実施した現地調査や追悼碑建立の取り組みで明らかになっている。

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