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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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変形したガラス瓶やパネル、国連本部で原爆展 NPT会議に合わせ

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原爆展の開幕式であいさつする日本原水爆被害者団体協議会の木戸季市・事務局長=米ニューヨークの国連本部で2022年8月5日、隅俊之撮影
原爆展の開幕式であいさつする日本原水爆被害者団体協議会の木戸季市・事務局長=米ニューヨークの国連本部で2022年8月5日、隅俊之撮影

 核拡散防止条約(NPT)再検討会議が行われている米ニューヨークの国連本部のロビーで5日、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が主催する「原爆展」が始まった。開幕式で木戸季市・事務局長(82)は、長崎での被爆体験を振り返り「こんなことは絶対に今後起こってはならないという思いを持ち続けている」と語った。

 広島市の「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子さんが白血病で入院中に自ら記していた血液検査の記録や、爆心地近くで見つかった変形したガラス瓶など6点の資料、原爆投下直後の被爆地の写真や被爆者の核廃絶に向けたこれまでの取り組みなどを英語で紹介した約50枚のパネルを展示している。

 あいさつした再検討会議のスラウビネン議長(アルゼンチン)は「私たち外交官は国連の議場で、どうやって核兵器を廃絶するかという重要な問題に取り組んでいるが、(核廃絶を実現するために)内なる自分自身、人間性というものに立ち返らねばならない」と述べた。長崎市の田上富久市長や、広島平和文化センターの小泉崇理事長もあいさつした。【隅俊之】

【広島・長崎原爆】

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