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長崎の被爆者認定 国は幅広い救済を早急に

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 長崎に原爆が投下されてからきょうで77年になる。行政から「被爆者」と認められず、十分な援護を受けられない「被爆体験者」がなお残されている。国は早急に救済に乗り出すべきだ。

 長崎では、当時の行政区画を基に爆心地から南北に各約12キロ、東西に各約7キロの範囲を「援護区域」と国が指定し、住民らに被爆者健康手帳が交付されてきた。

 一方、半径12キロ圏内でも区域以外の住民らは「被爆体験者」として区別され、一部の疾病しか医療費助成の対象になっていない。

 そんな中、対象者らに希望を抱かせたのは、「黒い雨」を巡る昨年7月の広島高裁判決だった。

 被爆者認定に関し、国の指定区域に関わらず、「原爆の放射能により健康被害を生じることが否定できない者」と救済の範囲を広げた。「疑わしきは申請者の利益に」とする援護制度の理念に沿ったものと言える。

 高裁判決後、当時の菅義偉首相は、原告以外でも「同じような事情にあった人」を救済する方針を示した。だが政府は、長崎にはこの方針を適用していない。新たな分断を生みかねない対応だ。

 不適用とする理由について国は、「黒い雨」が降ったことが証明されていないと主張する。だが、長崎県の専門家会議は過去の調査を基に「実際に降雨があった」と結論付ける報告書を7月に公表した。「黒い雨」だけでなく、灰なども降ったとの証言は多い。

 広島高裁判決は、放射性微粒子を吸い込んだり、汚染された水や野菜を口にしたりした人も内部被ばくによる健康被害の恐れがあると認めた。このリスクは長崎にも当てはまる。

 広島では、高裁判決を受けた新基準に基づく被爆者認定が始まっているが、審査はスムーズには進んでいない。

 認定に際し、特定の疾病にかかったことを条件として残したためだ。審査結果を待つ間に死亡した申請者も少なくない。母親の病歴証明を求められた胎内被爆者の審査が中断するケースも出ている。

 岸田文雄首相は広島で「高齢化が進む被爆者に寄り添い、総合的な援護施策を推進する」と約束した。長崎の体験者らへの対応で、その言葉の重みが問われる。

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