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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「核兵器、持っていても使われないは幻想」長崎平和宣言、田上市長

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長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典で、平和宣言を読み上げる長崎市の田上富久市長=長崎市の平和公園で2022年8月9日午前11時4分、平川義之撮影
長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典で、平和宣言を読み上げる長崎市の田上富久市長=長崎市の平和公園で2022年8月9日午前11時4分、平川義之撮影

 長崎市の田上富久市長が長崎平和祈念式典で今年の長崎平和宣言を読み上げた。全文は次の通り。 

 核兵器廃絶を目指す原水爆禁止世界大会が初めて長崎で開かれたのは1956年。このまちに15万人もの死傷者を出した原子爆弾の投下から11年後のことです。

 被爆者の渡辺千恵子さんが会場に入ると、カメラマンたちが一斉にフラッシュを焚(た)きました。学徒動員先の工場で16歳の時に被爆し、崩れ落ちた鉄骨の下敷きになって以来、下半身不随の渡辺さんがお母さんに抱きかかえられて入ってきたからです。すると、会場から「写真に撮るのはやめろ!」「見世物じゃないぞ!」という声が発せられ、その場は騒然となりました。

 その後、演壇に上がった渡辺さんは、澄んだ声でこう言いました。

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【広島・長崎原爆】

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