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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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思い出したくもない記憶 80歳を過ぎて語り始めた被爆者の思い

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被爆体験を語る堀内光枝さん=兵庫県尼崎市で2022年6月30日午後5時44分、中田敦子撮影
被爆体験を語る堀内光枝さん=兵庫県尼崎市で2022年6月30日午後5時44分、中田敦子撮影

 広島と長崎に原爆が投下されて77年。長崎で被爆し、後遺症にも苦しんできた堀内光枝さん(88)=兵庫県尼崎市=は、「いつまでも生きていられない。若い人に伝えなければ」との思いから、80歳を過ぎてから自身の体験を語り継いでいる。【中田敦子】

 堀内さんは11歳だった1945年8月9日、爆心地から約3キロの長崎市飽の浦町で被爆した。ラジオを聴いていた父から「敵機が天草上空に来ている」と告げられ、近くの家に伝えようと家の外を走っていた。すると、空が夕焼けのように真っ赤に光り、気を失った。意識が戻ると、あちこちで火の手が上がり、遺体が山のように積み重なっていた。

 遺体の火葬場所では、娘を失った中年男性が「助けてあげられなくてごめんな」と泣いていた。爆心地から約500メートルの自宅にいた伯父は、倒れたはりの下敷きになって亡くなったと聞いた。

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【広島・長崎原爆】

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