「子どもが大人にだまされた」 ノッポさんが訴える戦争の愚

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俳優で作家の高見のっぽさん=東京都千代田区で2022年7月21日、内藤絵美撮影
俳優で作家の高見のっぽさん=東京都千代田区で2022年7月21日、内藤絵美撮影

 会いたい人がいた。NHKの工作番組「できるかな」(1970~90年)で活躍した「ノッポさん」こと高見のっぽさんだ。チューリップハットにサスペンダー姿。そのノッポさん、言いたいことがあるという。戦後77年の夏、ロシアによるウクライナ侵攻が続く。ノッポさんの言葉に耳を傾けた。【稲垣衆史】

 「あっ! ノッポさんだ!」。思わず叫びそうになった。じーん。ちょっと感動。でも、足元がおぼつかないように見える。

「実は3年前、おちびさんと遊んでいて足の骨を折って、入院したんです。怠けて食欲もなかったから10キロもやせたけど、今は体重も戻って、もう大丈夫」。そう言うと、椅子に腰掛けながら軽快なステップを披露。88歳になるが、元気そのものだ。

 「♪できるかな できるかな ハテハテフム~」

 こんな曲で始まる「できるかな」。一言もしゃべらないまま、ゴン太くんと2人で工作の楽しさを子どもに伝えた。だが自身の幼少時は楽しいことばかりではなかった。

 生まれたのは1934年。前年、日本は国際連盟から脱退、孤立の道を進もうとしていた。父・嘉一さんは芸人だったが、後に生活のため東京・向島で軍需工場に勤める。太平洋戦争の戦禍が激しくなると、一家は岐阜市近郊へ疎開。そこで約900人が犠牲になった岐阜空襲(45年7月)に遭遇する。

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