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戦争を知る世代が自身の体験を語れるのは、あと5年――。15日の終戦の日に合わせて、空襲などで1万人以上が亡くなった7都府県の語り部団体、計8団体に尋ねたところ、今後の活動年数は「あと5年」「あと10年」とした団体が半数ずつだった。いよいよ語れる人がいなくなろうとしている中、実体験に基づく「不戦の誓い」を次代にどうつなぐか。どの団体も思い悩む。
質問対応もスムーズ 課題は作り手確保
戦争の記憶をデジタル技術で残す試みも始まっている。
1945年6月の浜松大空襲で母を亡くした野田多満子さん(84)=浜松市=は今年6月、中学校の平和学習で7歳の頃の戦災体験を初めて語った。とはいえ、語って聞かせたのは野田さん本人ではなく、モニター画面に映し出されたAI(人工知能)語り部。事前に10時間ほどかけて体験談や質問者とのやり取りを撮影しており、講話後の中学生からの質問にも野田さんが答えているかのようにスムーズに対応した。
「AI語り部」を作ったのは浜松市の映像ソフトウエア開発会社「シルバコンパス」。安田晴彦社長(47)が2018年、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(長崎市)の館長だった黒川智夫さん(68)に「被爆者の姿を3D映像のような形で残せないか」と相談されたのがきっかけだった。
黒川さんは、被爆者が小、中学生らに「家族の安否が分からず、焼け野原の中を捜し続けた」といった話をした際「電話できなかったのか」などと尋ねられる場面を何度も目にしていた。携帯電話で連絡できる時代しか知らない子供…
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