琉球鐘、豊前の小倉系鋳物師が製作か 長崎の寺の梵鐘と特徴酷似

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現存する「旧首里城正殿鐘」。最上部の釣り手部分が竜頭=沖縄県立博物館・美術館所蔵(同館提供)
現存する「旧首里城正殿鐘」。最上部の釣り手部分が竜頭=沖縄県立博物館・美術館所蔵(同館提供)

 15世紀に琉球王国の尚泰久(しょう・たいきゅう)王の命で鋳造された「旧首里城正殿鐘」(万国津梁(しんりょう)の鐘)=国指定重要文化財=など琉球鐘の多くが、本土から琉球に渡った豊前の小倉系鋳物師(いもじ)によって製作されたとみられることが、福岡県芦屋町営文化施設「芦屋釜の里」の新郷英弘学芸員(考古学)の研究で明らかになった。小倉系鋳物師が作った長崎・壱岐の寺にある梵鐘(ぼんしょう)と琉球鐘の特徴が酷似しているためで、琉球王国と北部九州のつながりを示す歴史ドラマの一端が垣間見える。

 沖縄県立博物館・美術館(那覇市)の展示監修委員を務めた経験もある新郷さんは、2012年以降、沖縄県内に現存する13点(うち1点は破片出土)の梵鐘を詳しく調査。小倉▽今居(現行橋市)▽芦屋――など北部九州に住んでいた鋳物師が鋳造した梵鐘と、琉球鐘を比較検討した論考を20年に発表した。

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