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国内外の異なる部署で取材する14人の中堅記者が交代で手がけるコラム。原則、毎日1本お届けします。

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「おなごのしごとたい」 娼婦の言葉に込めた怒りと反骨精神

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「からゆきさん」たちの寄進で1909(明治42)年に島原に建設された天如塔。唯一のからゆきさんの遺跡といわれている。2014年に修復された=長崎県島原市で牧野宏美撮影
「からゆきさん」たちの寄進で1909(明治42)年に島原に建設された天如塔。唯一のからゆきさんの遺跡といわれている。2014年に修復された=長崎県島原市で牧野宏美撮影

 8月19日は「俳句の日」です。819(はいく)の語呂合わせですが、俳人・正岡子規の古里・松山市では高校生による「俳句甲子園」が開かれたり、SNSでもハッシュタグをつけて句を投稿する人がいたりと親しまれているようです。現在携わっているウェブ編集の仕事では、決まった文字数で目を引く見出しを考えますが、俳句とも共通点がありそうです。さて、コラムは前回に続き、6月に亡くなった詩人・作家の森崎和江さんの代表作「からゆきさん」について。【デジタル編集本部・牧野宏美】

 森崎さんは壮絶な体験から精神を病んだ元からゆきさんにとどまらず、娼婦(しょうふ)だった過去をこともなげに「おなごのしごとたい」と語る対照的な女性の姿も描いた。

 からゆきさんだった女性が自身の半生を語った肉声テープの存在を知り、取材していた私は当初、森崎さんがことさらに「おなごのしごとたい」を取り上げることにやや違和感を持ったが、次第に考えが変わっていった。今回は変化の理由を伝えるとともに、森崎さんの意図を探ってみたい。

 肉声テープの内容は次のようなものだった。

 女性は家族を養うため、16歳でシンガポールへ密航。多い時には1日で49人の客をとらされるなど過酷な環境で働かされた。しかし、1年半後に英国人に身請けされた後は裕福な生活となり、自ら事業を起こして成功を収める。第二次大戦後日本に帰国する時に財産を失い、晩年は質素な暮らしをしていたようだ。

 つまり身請けされた後のシンガポールでの生活は、彼女の人生の中で、最も輝かしい時期だったに違いない。

 記事にする際にそこに触れないのは…

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