特集

第104回全国高校野球選手権

第104回全国高等学校野球選手権大会(8月6日開幕)の特集サイトです。

特集一覧

山田vs浅野は語り継がれるか 甲子園に刻まれた名勝負伝説とは

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
エースで4番としてチームを引っ張る近江の山田陽翔投手(左)と高校通算64本塁打を誇る高松商の浅野翔吾選手
エースで4番としてチームを引っ張る近江の山田陽翔投手(左)と高校通算64本塁打を誇る高松商の浅野翔吾選手

 第104回全国高校野球選手権大会は第12日の18日、準々決勝で投打の注目選手が相まみえる。2回戦で2打席連続本塁打を記録した高松商(香川)の浅野翔吾(3年)と3試合で34個の三振を奪った近江(滋賀)の本格派右腕・山田陽翔(はると、3年)だ。

阿波の金太郎vsKKコンビ

 長い歴史を重ねてきた甲子園では、山田対浅野のように、数々の好投手と強打者が名勝負を繰り広げてきた。「金太郎」「KK」「ハンカチ王子」「二刀流」……。存在感の大きさからキャッチフレーズのついた選手たちは鮮烈な記憶を残した。

 第64回大会(1982年)の準々決勝では、早稲田実(東東京)のエースでアイドル並みの人気を誇った荒木大輔(元ヤクルトなど)と「やまびこ打線」と呼ばれた池田(徳島)の中心選手で2年生だった水野雄仁(元巨人)が対戦。水野は荒木から周囲の度肝を抜く本塁打を放ち、主役交代を印象づけた。

 その水野は翌年、投打の柱としてセンバツで優勝。「阿波の金太郎」の異名を取り、優勝争いの本命として3年夏の第65回大会(83年)に臨んだ。ところが準決勝で、当時1年生だった桑田真澄(元巨人など)、清原和博(元西武など)の「KKコンビ」を擁したPL学園(大阪)に0―7で敗れた。水野は清原を抑えたものの、桑田には本塁打を許し、甲子園を去った。この大会で頂点に立った桑田、清原は第67回大会(85年)でも優勝した。

ハンカチ王子vs中田、田中

 第88回大会(2006年)では、2回戦で「ハンカチ王子」こと早稲田実(西東京)の斎藤佑樹(元日本ハム)が1学年下で2年生だった大阪桐蔭の中田翔(巨人)と対峙(たいじ)した。斎藤は140キロ台後半の直球で徹底して内角を攻め、中田を完璧に封じ、11―2で勝利した。決勝では駒大苫小牧(南北海道)の強打者でもあった田中将大(楽天)と息詰まる投手戦に。再試合の末、優勝を勝ち取った。

 センバツでは、第84回大会(12年)で大阪桐蔭のエース・藤浪晋太郎(阪神)と花巻東(岩手)の大谷翔平(米大リーグ・エンゼルス)が火花を散らした。後に投打の「二刀流」として大リーグで偉業を成し遂げた大谷と藤浪の対決は、1回戦で実現した。

大谷は藤浪から本塁打

 藤浪は序盤で自己最速に並ぶ150キロを記録したものの制球が甘く、二回には「打者・大谷」に先制本塁打を浴びた。しかし大阪桐蔭は「投手・大谷」を打ち崩し、藤浪も途中で調子を取り戻し、9―2で勝利した。藤浪はこの大会5試合のうち4試合で完投。チームはセンバツ初優勝を果たした。そして夏の第94回大会(12年)も制し、同校初の春夏連覇を達成した。

山田「序盤の3イニングを抑えきる」

浅野「しっかり食らいつく」

 「先輩」たちが伝説を刻んできた夢舞台。今大会を代表する選手である山田や浅野はどんな勝負を見せるか。

 140キロ台後半の直球と打者の手元で鋭く沈むスライダーを軸に投球を組み立てる山田は、今春のセンバツでも準優勝の原動力となった。狙って三振を奪える球威に加え、ピンチでも動じない強心臓ぶりが際立つ。

 山田は「浅野君は非常に素晴らしい打者。(高松商は)打線としても手ごわい。ポイントは自分自身がどれだけ無失点にこだわれるか。序盤の3イニングをしっかり抑えきることを意識してやっていきたい」と闘志を燃やす。

 昨夏の甲子園でも本塁打を記録した浅野は高校通算66本塁打のスラッガーだが、俊足を生かしたチャンスメークもできる。何より浅野が出塁すれば、打線全体が活気づく。

 浅野は「近江は世代ナンバーワン投手がいる。しっかり食らいついていきたい。ボール球を振らず、しっかり守りからリズムをつくりたい」と意気込む。

 互いに高め合…

この記事は有料記事です。

残り52文字(全文1577文字)

関連記事

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

ニュース特集