「誰か私を追い詰めて」 コロナ禍で人気の原稿カフェとは

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文豪缶詰プランで、「文豪」役の参加者に対し窓越しに、原稿の締め切りから“逃げない”ようにメッセージを送る「鳳明出版社の編集者」=八十介提供
文豪缶詰プランで、「文豪」役の参加者に対し窓越しに、原稿の締め切りから“逃げない”ようにメッセージを送る「鳳明出版社の編集者」=八十介提供

 誰か私を追い詰めて――。新型コロナウイルスの「第7波」で出社自粛が続き、自宅で仕事をするが、何かと誘惑が多く記事を書く手が止まってしまう。そんな時、原稿を書き上げるまで家には帰れない「カフェ」があると聞いた。編集者に監視されながら原稿を書く「旅館」もあるらしい。もう、原稿の締め切りが迫っている。記者もあやかろうと、足を運んだ。【山本萌】

「無言で激励」 進まぬ作業に

 8月上旬、東京・高円寺にある「原稿執筆カフェ」を訪れた。入店する時に、オーナーの川井拓也さん(52)からカードを受け取る。「『嫁・旦那 使いますか 読者の賛否反響から考えた』の原稿を仕上げます」と目標を書き込んだ。

 次に声かけの頻度を選ぶ。会計時に進捗(しんちょく)を報告する「マイルド」、1時間に1回声をかけられる「ノーマル」、30分に1回の声かけに加え、頻繁に背後に立つ「無言の激励」で作業を促される「ハード」の3種類が用意されている。

 記者は意を決して「ハード」を選び、パソコンを開いた。だが、うまい表現が思い浮かばない。うーん、とうつむいていると、川井さんが後ろに立っていた。「寝ていません。下を向いて考えているのです」

 心の中で弁解しながら、すぐに顔を上げ、思いつくままに手を動かす。入店から約1時間がたったころ、キーンコーンカーンと学校のチャイムのような音が店内に鳴り響いた。作業中の人には「声かけ」が始まることを知らせ、利用時間が終わる人には退店準備を促す合図で、毎時55分に鳴る。

 またまた手が止まり天を仰いでいたところで、川井さんが「進捗はいかがですか」と書かれたフリップと菓子が盛られた皿を、正面のカウンター越しに差し出してくれた。

 菓子はほしいが、原稿が進んでいない。手を出していいものかちゅうちょする。返答に困っていた記者に、川井さんは「このお煎餅、おいしいですよ」と個包装の塩煎餅を差し出し、「頑張って」と声をかけてくれた。少し元気がでた。

利用者限定し集客につながる

 原稿執筆カフェの前身は、お酒を飲みながらライブ配信するスタジオだった。2020年春からのコロナ禍で需要が減り、営業形態を模索。「おひとりさま専用」の休憩所、動画制作に特化した「動画編集カフェ」を経て、たどりついたのが「創作活動」ならなんでもOKの原稿執筆カフェだった。

 閉店時間になっても仕事が終わらない場合は割高な延長料金が加算されるが、作業は続けられる――といった仕組みも。カウンター席なら30分240円だが、閉店後の延長料金は1時間4800円と10倍に跳ね上がる。「店長による声かけ」サービスは利用者に好評という。記者は「ハード」を選んだが、適度な緊張感が保たれ、仕事に集中できた。

 川井さんは「スマートフォンをいじることなく、みんなひたすらに書いています。利用者全員が何か創作活動をしている人たちなので、会話がなくても同志のような連帯感が生まれます」。記者の原稿もなんとか完成した。

文豪に「なりきり」で追い込まれるプランも

 さらなる「追い込み」を提供している場所があると聞いた。イベント会社「八十介(やそすけ)」(東京都台東区)が、架空の企業「鳳明出版社」として文京区にある老舗旅館「鳳明館」などで開催する「文豪缶詰プラン」だ。

 「昭和時代が続いているブラック企業・鳳明出版社が、先生たちを仕事を終えるまでカンヅメ(執筆を促すため作家らを部屋に閉じ込めること)にする」という設定の体験型。八十介代表の海津智子さん(39)によると、利用者はチェックイン時から「文豪」扱いだ。その様子を再現してもらった。

 「先…

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