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ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、誰もが自由に情報を発信できるネットの存在意義が問い直されている。国境を超える情報インフラが分断の危機に直面したためだ。
米国に本部がある「ICANN(アイキャン)」は、インターネットの住所にあたるドメインなどを管理する民間組織である。ロシアのドメインを無効にするようウクライナ政府から求められたのは、2月末のことだ。
侵攻を正当化するロシア政府のプロパガンダを断つ狙いだった。しかしICANNは「我々の役割は、インターネットが政治利用されないように活動することだ。制裁を科す権限はない」として応じなかった。
一方で、ロシア向けのサービスを停止した欧米の通信会社もある。サイバー攻撃の経路にもなり得るからだ。
「スマホの戦争」鮮明に
インターネットは東西冷戦終結後、経済のグローバル化とともに成長した。1990年代に数百万人だった利用者は約50億人に増え、今や国際的な公共財である。
世界をつなぐ機能が毀損(きそん)され、細切れになる状況は「スプリンター(破片)ネット」と呼ばれる。
強権的な国家が情報統制の手段として、国内の通信網を外国から切り離すこと自体は珍しくない。
ロシアには、有事の際に国外からの情報を遮断する法律がある。情報統制を強める中国では、米国のネット交流サービス(SNS)の多くが使えない。
今回問われたのは、国際社会がロシアをサイバー空間から締め出すかどうかだった。
「戦時下でインターネットをどうするか、世界が初めて考えさせられたケースだ」。アドレスの管理などを担う日本ネットワークインフォメーションセンターの前村昌紀・政策主幹は話す。
91年の湾岸戦争では、米軍によるイラク攻撃の模様が衛星放送で中継された。今回はウクライナの市民がSNSで国際社会に被害を伝え、支援を呼びかけている。情報戦の主役はスマートフォンだ。
一方でロシアではSNSが規制され、政権に都合の良い情報しか流れなくなった。このため、暗号化されたVPN(仮想専用線)を使って国外のニュースを得ようとする人が増えたという。
ネットの技術開発などを主導する国際組織「インターネットソサエティ」のアンドリュー・サリバン会長は「紛争下の国民にとって、ネットは世界の動きを知る手段である。(通信を遮断すれば)偽情報は流布されなくなるが、真実も届かなくなる」と指摘する。
国民が自由に情報インフラにアクセスし事実を知ることは、民主社会を維持する上で欠かせない。
問題は、進化したデジタル技術が悪用され、情報の真偽が見極めにくくなっている点にある。
民主主義強める役割を
インターネットの勃興期には、世界が通信回線でつながれば、自由や人権といった価値観が共有されるはずだ、との期待があった。だが、現状は副作用が目立つ。
ウクライナのゼレンスキー大統領が自軍に降伏を呼びかける偽動画が拡散されたように、人工知能(AI)を利用したディープフェイクは巧妙さを増している。偽情報は偏見を生み、対立をあおる。
米国などでは、個人情報を収集・分析し、投票行動を誘導する選挙干渉が問題となった。民主主義のプロセスをゆがめる行為だ。
SNSや検索サービスの利用に対しては、同じような考えの人ばかりと交わり、偏った情報に接した結果、視野が狭くなるといった弊害も指摘される。異なる価値観を排除する不寛容な社会にしてはならない。
サイバー空間は使い方次第で平和の守り手にも破壊者にもなる。自由な情報発信を尊重する国や地域が協調し、インターネットの健全性を保つ仕組みの構築に知恵を絞らなければならない。
ウクライナ危機では、公開情報を用いて事実を検証するオシント(オープンソース・インテリジェンス)が威力を発揮している。各国の政府が事業者に対し偽情報の対策強化を求めたり、法規制を導入したりする動きも出ている。
歴史的背景や考え方が異なる人々がつながりあい、議論を重ねて共通の理解を得る。そうしたネットの価値を守り、民主主義を強固にするための国際的な連携を強めるべきだ。