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「子ども救うのは大人の役目」息子亡くした篠原真紀さん

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 今から12年前、川崎市の中学3年、篠原真矢(まさや)さん(当時14歳)が遺書を残して自ら死を選んだ。真矢さんはいじめられていた友達をかばい、自身もいじめの対象になるなどして苦しんでいた。例年、夏休み明け前後の時期は子どもの自殺が増える傾向にある。愛する息子を救えなかったと悔やむ母の真紀さん(56)は「いじめは子どもたちだけで解決できる問題ではない」と、大人の役割の大切さを訴えている。【岩本桜】

 川崎市の市立中学に通っていた真矢さんは2年の時、同級生4人からいじめられていた友達をかばい、自身もいじめを受けるようになった。3年に進級して自身へのいじめはほとんどなくなったが、この4人による他の生徒へのいじめは続いたという。

後悔

2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影や遺品を前に、思い出を話す母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影
2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影や遺品を前に、思い出を話す母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影

 真紀さんには、今も悔やんでいることがある。ある日、しょんぼりした様子で帰宅した真矢さんに声を掛けると「友達がいじめられている」と打ち明けられた。

 「あんないいやつをいじめるなんて許せない」。そう言って涙をこぼす真矢さんに、真紀さんは「助けてあげなさい」とアドバイスした。

 「あの時点で大人である私が動かないといけなかったのに、それをせずに『助けてあげなさい』と言ってしまった。友達を助けてあげたいと同時に、自分のことも助けてほしかったんじゃないかと後になって思うようになりました」

 さらに、真矢さんが加害生徒1人の教科書をカッターで切り刻むトラブルがあったことを知った。「こういうやり方をすると真矢が悪者になってしまうよ」「やり方を間違えたね」。真紀さんが諭すと、真矢さんは「お母さんは偽善者だ」とソファに突っ伏して泣きじゃくったという。

2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影や遺品を前に、思い出を話す母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影
2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影や遺品を前に、思い出を話す母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影

 「最後の苦しい気持ちが表れた行動だったと思う。やった行為だけを見るのではなく、なぜそういうことをしてしまったのかと、心の奥までくみ取らなければいけなかったのに。最後にあの子の背中を押してしまったんじゃないかという後悔があります」

 真面目で曲がったことが嫌いだったという真矢さん。将来の夢は警察官になることだった。

友人の告白

 真矢さんが亡くなった後、自宅を訪れた友人は、真矢さんを助けられなかったことへの後悔を口にした。教室の後ろで真矢さんへのいじめが始まっても「怖くて後ろを振り向けなかった」と打ち明ける友人もいた。

 「いじめに気付いたら、助けるのは普通のこと」。そう思っていた真紀さんだが、自らを責めて葛藤する友人らの言葉を聞くうちに「この子たちだってつらいんだ」と思い直すようになったという。

2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影や遺品を前に、思い出を話す母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影
2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影や遺品を前に、思い出を話す母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影

 「傍観者と呼ばれる子だって『自分が助けに入ったらやられるかも』という恐怖がある。傍観者イコール加害者ではないし、傍観者も含めて救ってあげないといけないのは周りの大人や学校の先生だと思う」

目標は「人に優しく」

 真矢さんが残した遺書には、いじめを告発する内容とともに、困っている人を助けることや、人の役に立ち優しくすることが自身の生きる目標だったという趣旨の内容が書かれていた。

 この思いを継ごうと、真紀さんは2017年、子どもを自殺で亡くした遺族らでつくる一般社団法人「ここから未来」の理事となり、講演活動などを始めた。いじめの理不尽さや、たとえ忙しくても子どもを最優先に考えることの大切さなどを訴えている。真紀さんは「『いじめられていたら話を聞いてあげる』という態度ではなく、『こっちから(いじめを)見つけてあげるよ』という思いを持ってほしい」と強調する。

 例年、夏休み明け前後は子どもの自殺が増える傾向にある。理由はいじめに限らず、学校の成績などさまざまな不安を抱える子どもにとって、長期休暇後に再び学校に通うのは大人が想像する以上に重荷となる。

2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影を抱く母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影
2010年に自死で亡くした篠原真矢さん(当時14歳)の遺影を抱く母親の真紀さん=川崎市で2022年8月24日、宮本明登撮影

 「子どもが『学校に行きたくない』と話したら、それは大きなサイン」と真紀さん。学校へ行く前、子どもが頭痛などの体調不良を訴えた場合は、保護者が詳しく話を聞いてあげてほしいと力を込める。

 「どんな形であれ、子どもから“いじめ”というワードが出てきたら、大人が動かなくてはいけない」。子ども同士では、仮に周囲がいじめに気付いたとしても、止めに入るのは容易ではないことを身をもって経験した。「いじめは子どもだけで解決できる問題ではない。大人が入っていくことで、いじめる側に『重大な過ちを犯している』と分からせることにもつながるのではないか」

   ◇

 川崎市の中学生いじめ自殺問題 2010年6月7日、川崎市多摩区の市立中学校に通っていた篠原真矢さんが、遺書を残して自宅で自殺した。市教育委員会を中心とする調査委員会が調査を進め、調査委は同年8月、遺書で実名を挙げられた4人による真矢さんと友人へのいじめを認定した。

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