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「言い値でなければ」原薬輸入頼みのジェネリック医薬品が抱える課題

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写真はイメージ=ゲッティ
写真はイメージ=ゲッティ

 新型コロナウイルス下で、ジェネリック医薬品(後発薬)の供給網のもろさが浮き彫りになった。背景には、原料の調達先を中国とインドに依存しすぎている実態がある。政府は8月に一部施行した経済安全保障推進法で医薬品を「特定重要物資」に指定し、安定供給を図る方針だが、実現には課題も多い。【小川祐希】

値上げの影響受ける製薬会社

 「値段の交渉ができる状態ではない。先方の言い値でなければ、売ってもらえない」

 6月に岐阜市で開かれた日本化学療法学会のパネルディスカッション。招かれた塩野義製薬の手代木功社長は窮状を訴えた。手代木社長は、国内外で広く使われている抗菌薬の原薬(有効成分)が「100%、中国に依存している」と強調。中国企業が、製造工程での環境規制対策や人件費上昇を理由に、大幅な値上げを求めている現状を説明した。

 先発薬(新薬)の特許が切れた後に製造された後発薬は、新薬と同じ有効成分を使っているため効き目や安全性は同等だが、開発費用がかからない分だけ価格を抑えられる。このため政府は医療費抑制と患者の自己負担軽減策として、後発薬の使用を促している。2005年に32・5%だった使用割合は、21年には79%に達した。

 新薬の製造方法はそのものがメーカーにとって重要な知的財産のため、原薬の製造から自社でまかなう場合が多いが、後発薬の原薬の多くは輸入に依存しており、中国企業による値上げの影響をまともに受ける。

 厚生労働省が22年に公表したデータによると、国内で製造される後発薬の中で同省の調査に協力した企業が製造・販売する9054品目のうち、4割超に当たる3955品目は輸入した原薬をそのまま使っている。原薬の輸入調達先1914社の内訳は、中国の364社(19・0%)が最多で、次いでインドが318社(16・6%)に上る。実際には、もっと偏りがあるようだ。原薬商社の業界団体「日本薬業貿易協会」の藤川伊知郎会長は「原薬は欧州から調達していても、そのもととなる化学物質の多くは中国やインド製」と明かす。中国の1カ所の工場でしか作っていない化学物質もあるという。

 原薬の製造工程の一部でも海外に委ねているものを含めると、全体の59・4%に当たる5381品目が「外国製」の原薬を使っている。調達先や製造工程が国内だけで完結する後発薬は2842品目で、全体の約3割にとどまった。

 弊害も出始めている。19年、後発薬で感染症の治療や外科手術時の感染予防に広く使われる抗菌薬の供給が半年以上にわたって不安定になり、複数の医療機関で手術が延期された。環境規制への対応を理由に、中国の工場で製造が滞ったことなどが原因だった。

 日本化学療法学会など4学会は同年8月、「海外の状況によって国内の感染症患者の命が容易に左右される安全保障上の問題に陥っている」との声明を連名で公表し、危機感をあらわにした。

 コロナの世界的な流行が始まった20年には、さらに問題が顕在化した。3月、大規模なロックダウン(都市封鎖)を実施したインドで、工場が停止。原薬を運ぶ主要手段である旅客機も運休し、供給網が寸断された。インド政府が国内の供給不安に備え、一部の原薬の輸出を禁じたことも影響した。

 「現地の原薬メーカーに『なんとか日本まで運んでくれ』とひたすらお願いするしかなかった。もどかしい毎日だった」。藤川会長は当時をこう振り返る。その間、後発薬メーカーや原薬商社は、在庫の放出でしのいだ。6月以降にロックダウンが段階的に緩和され、米国やカナダがインド政府に禁輸措置の解除を要請したことで大規模な欠品は免れたものの、「長引いていたら危なかった」(藤川会長)と振り返る。

国策で大企業を後押しした中国

 なぜ、原薬の調達先や製造拠点が中国やインドに偏っているのか。

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【安全保障】

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