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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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11年ぶり帰宅「もう少し早ければ…」 浪江町復興拠点で準備宿泊

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11年ぶりに古里で宿泊する吉田公明さん=福島県浪江町で2022年9月1日午後5時52分、松本ゆう雅撮影 拡大
11年ぶりに古里で宿泊する吉田公明さん=福島県浪江町で2022年9月1日午後5時52分、松本ゆう雅撮影

 東京電力福島第1原発事故による帰還困難区域のうち、福島県浪江町に設定された特定復興再生拠点区域(復興拠点)で1日、将来的な居住の再開に向けた「準備宿泊」が始まった。同様の取り組みは5例目で、政府と町は来年3月の避難指示解除を目指している。

 復興拠点への立ち入り規制も緩和され、自由に行き来できるようになった。吉田栄光町長は「(この日は)復興を前進させる起点だ。住民に寄り添い安心・安全に努めたい」と述べた。

特定復興再生拠点区域(復興拠点) 拡大
特定復興再生拠点区域(復興拠点)

 浪江町の帰還困難区域は、県内7市町村で最大の約1万8100ヘクタール。このうち復興拠点は末森、室原、津島地区の一部で計661ヘクタール。政府などが優先的に除染やインフラ整備を進めてきた。町によると、復興拠点に住民登録をしているのは4月現在309世帯850人。多くは避難先に生活基盤を移し、準備宿泊への登録は2世帯4人にとどまる。町は移住者を募るなどして、避難指示解除から5年で人口1500人を達成したいとしている。

 室原地区で自宅を再建した元町職員の吉田公明さん(66)はこの日、11年ぶりに故郷で夜を迎えた。福島県いわき市の自宅に残った妻(64)の手製の漬物などをおかずに、1人で夕食を取った。帰郷を望んだ父孝平さんは2年前に89歳で病死しており「もう少し早ければ父も戻れたのではないか」と涙を拭った。

 「昔と違って周りに明かりがなく、さみしい気持ちだ。原発事故前の風景に少しでも近づけていきたい」。当面は2カ所にある自宅を行き来する生活になるという。【尾崎修二、松本ゆう雅】

【東日本大震災】

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