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心の悩みを抱えて「死にたい」と思うこともある当事者や、その支援者への情報をまとめたページです。

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「ウェルテル効果」苦悩する支援の現場とメディアの役割

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命を守る現場から
命を守る現場から

 芸能人や有名人が自ら命を絶ったことを報じるニュースを目にした時、心がつらくなった経験はないだろうか。報道の影響で死にたい気持ちがある人を動揺させ、連鎖的に自殺が増える現象は「ウェルテル効果」と呼ばれる。自殺を防ごうと苦悩する支援の現場と相談者の思い。そして、メディアの役割とは--。【金森崇之】

 「私もいなくなってしまおうか」。そんな考えが、頭の中をよぎった。2021年12月19日、宮城県在住のタカコさん(仮名、44歳)は、「#いのちSOS」に電話をかけたが、相談者が急増しているのか、つながらなかった。東京都内にある自殺対策支援センター「ライフリンク」が運営する相談窓口だ。

 ある俳優の女性(当時35歳)が亡くなった翌日だった。

「ファンというわけではなかったのですが、突然亡くなったと聞いて心が落ち着かなくなりました」。テレビのニュースやツイッターの投稿で、その俳優に関する情報を目にすると心がざわついた。

 「有名人が亡くなったニュースを見ると、『いなくなりたい』という方向に精神が引っ張られる感じがするんです」

SNS相談に応じるNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」の職員。数分と置かずに寄せられる相談に休む間もなく対応していた=東京都千代田区で2022年8月17日午後3時14分、金森崇之撮影
SNS相談に応じるNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」の職員。数分と置かずに寄せられる相談に休む間もなく対応していた=東京都千代田区で2022年8月17日午後3時14分、金森崇之撮影

 だが、コールは鳴ったままでつながらない。この日、夫は出張中で自宅には誰もおらず、孤独感だけが募っていく。

 「私にとって、家族にも話せないような相談に寄り添い、気持ちを受け止めてくれるのが『#いのちSOS』でした。でも、その時は夫に電話をして、『俳優が亡くなったニュースを見て精神的につらい』と伝えました。『死ぬな』と説得され、踏みとどまることができました」

 希死念慮(死にたいという願望)を抱く人には、それぞれ事情がある。タカコさんの場合は、23歳で高齢者介護施設などを運営する医療法人に就職。入所者の笑顔にやりがいを感じていたが、徐々に職場の人間関係に悩むようになった。

 ケアマネジャーの資格を取ろうと努力もしたが、年に1度の資格試験の日、急きょ勤務を命じられた。「職場も試験日は知っていたはずなのに……」。受験できず、気持ちがふさぎ込んだ。

 2020年末には、関連施設への異動を命じられ、新たな仕事や人間関係になじめず体調を崩した。朝起きるのがつらくなり、頭痛などの症状も出るようになった。心療内科を受診したところ、適応障害と診断された。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で趣味の旅行に行けなくなり、相談できる友人らと会えなくなったことも、気持ちの落ち込みに拍車をかけた。

 21年夏、こらえきれず、「#いのちSOS」に電話をかけた。「死にたいんです。もう、いなくなりたい」。開口一番、つらい気持ちをぶつけた。

 「どうして、いなくなりたいんですか?」と応じてくれた男性相談員に、「介護の仕事でボロボロだし夫も家にいないし、どうすればいいか分からない」「向精神薬をたくさん飲んでしまう」と思いを吐露した。

 約30分間話し続けるうちに、気持ちは少しずつ落ち着いた。タカコさんは「相談で私の問題が解決したわけではありません。でも、電話をして『相談できる人、助けてくれる人がいる』と思えたから、気持ちが楽になりました」と振り返る。

 夫の存在に、相談電話に救われたタカコさんは、現在は約20年間続けた介護の仕事を辞め、休職中だ。

 新型コロナの行動制限がなくなり、趣味のトレッキングや温泉旅行を楽しむ余裕も生まれた。「私は人前で『つらい』と言えなかった。皆さんにも、誰も話し相手がいなくなったときに、#いのちSOSを使ってもらいたいです」。

(上)年別自殺者数の推移(下)月別自殺者数の推移
(上)年別自殺者数の推移(下)月別自殺者数の推移

 警察庁と厚生労働省の統計によると、20年の自殺者数は、7月が前月比293人増の1865人、10月が同341人増の2230人と急増した。7月と9月下旬に有名俳優が亡くなっており、厚生労働相指定法人の「いのち支える自殺対策推進センター」は、「著名人の自殺報道直後に自殺者が急増したことは明らか」と指摘している。

相談件数 電話は3倍、SNSは17倍

 「私も死ねば楽になるんじゃないか」「自殺してしまいそうだ」。お笑いタレントの男性(61)が亡くなった2022年5月11日、自殺対策支援センター「ライフリンク」には、男性の死去を伝えるニュースを見た人々からの相談が相次いでいた。

 同日、同センターが運営する「#いのちSOS」に連絡をしてきたのは1985人で、前週に比べ約2・9倍に急増。SNS(ネット交流サービス)相談の「生きづらびっと」には3049人からアクセスがあり、同約16・6倍に跳ね上がった。相談件数は普段から高止まり状態で、かかってくる電話やSNS相談のうち、実際に相談員が対応できるのは平均3割弱にとどまる。

 過去に著名人が亡くなったときにも相談件数が急増したため、同センターは5月11~17日の間、相談対応の時間を前週に比べ3割程度増やすことができるだけの人員を確保するなど態勢を強化した。しかし、数倍に増えた相談人数に対処するのは困難で、同期間の相談対応率は約1割に下がった。10人に1人しか応じられなかった計算だ。深刻な人手不足だが、その解決策は見えてこない。

 WHO(世界保健機関)のガイドラインでは、メディアは自殺報道の最後に相談先などの情報を掲載することが求められている。同センターの清水康之代表は、「自殺報道後はメディアが相談先を掲載するので相談が増えます。ただ、相談員は普段、別の仕事に就いている方がほとんど。急に増やすことは難しく、対応率が下がってしまいます」と苦悩を明かす。

深刻な人手不足

SNS相談に応じるNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」の職員。数分と置かずに寄せられる相談に休む間もなく対応していた=東京都千代田区で2022年8月17日午後3時16分、金森崇之撮影(画像の一部を加工しています)
SNS相談に応じるNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」の職員。数分と置かずに寄せられる相談に休む間もなく対応していた=東京都千代田区で2022年8月17日午後3時16分、金森崇之撮影(画像の一部を加工しています)

 日々相次ぐ自殺相談に、同センターはどのように対応しているのか。22年8月の昼下がり、東京都内にあるビルの一室を訪ねると、相談員が「カタカタ」とパソコンのキーボードをたたき、マウスをクリックする音が絶え間なく響いていた。

 SNS相談「生きづらびっと」の目安は1回約60分。この日は、リモートの相談員を含め約25人が勤務していたが、午前11時から始まった相談の希望者は約3時間で既に200件を超えていた。対応に当たっていた男性は、「今日一日で対応できるのは100~120件ほど。日中なので、これでも夜間に比べればまだ相談は少ないほうです」と話した。

NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」が運営するSNS相談「生きづらびっと」=東京都で2022年8月23日午前8時47分、金森崇之撮影
NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」が運営するSNS相談「生きづらびっと」=東京都で2022年8月23日午前8時47分、金森崇之撮影

 同センターでは約300人の相談員が契約社員などとして働いている。長年、相談業務に従事してきた人もいれば、社会福祉士や臨床心理士の資格を持っていたり、スクールカウンセラーの経験があったりと経歴はさまざまだ。

 ただ、相談員1人がシフトに入れるのは、週に数回、1日4~6時間に限られる。勤務中は絶えず相談を受け続けており、その内容は自殺念慮に関する深刻なものが多い。相談員のメンタルケアも考えて、フルタイムでの雇用は避けているという。

 更に深刻なのが、支援方針を決めたり相談員にアドバイスを送ったりする「スーパーバイザー」と、国や自治体などの支援組織に相談者を仲介する「コーディネーター」の不足だ。相談業務に長年従事した経験や知識が必要とされる。行政と協議することも頻繁にあるため、支援現場でのそうした経験も求められる。適切な人材を短期間に確保するのは難しいという。

 清水代表は、「相談員をスーパーバイザーへと育成していますが、一朝一夕にはいきません。自殺念慮を抱えた方への深い支援や危機介入の経験がないと務められないからです。ただ人数を増やして、相談の質を落とすわけにはいかないですから」と説明する。

「ウェルテル効果」と「パパゲーノ効果」

 ウェルテル効果は、18世紀、主人公が自ら命を絶つゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」を読んだ若者の間で自殺が相次いだことが、その名の由来だ。WHOはガイドラインで、報道を過度に繰り返さない▽自殺の手段を明確に表現しない▽自殺が発生した場所の詳細を伝えない--ことなどを報道機関に求めている。この基準を毎日新聞は重視する。

 早急な相談体制の充実が難しい中、ウェルテル効果による自殺を防ぐ方策としてメディアに求められているのが「パパゲーノ効果」だ。モーツァルトのオペラ「魔笛」で自殺をやめて生きることを選択した登場人物から、その名がついた。メディアが、自殺を思いとどまることに成功した事例を紹介することで社会的な自殺リスクを低下させることができるとされる。

NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」が運営する電話相談「#いのちSOS」のホームページ
NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」が運営する電話相談「#いのちSOS」のホームページ

 清水代表は、「日本では毎日のように自殺で人が亡くなっていますが、それ以上の人たちが毎日生きる道を選び取っています。マスコミは死にたい気持ちを抱えながらも生きている人の話を伝えてください。そうした報道が、どれだけの自殺を防いだか、数値としては表れないでしょう。それでも、『死にたい気持ちを抱えながら生きている人が大勢いるのだという事実』や『多くの人がどうやって生きる道を選んだかという情報』を、自殺を防ぐための報道の柱の一つにすべきです」と訴える。

 毎日新聞ニュースサイトも22年8月から、自殺を思いとどまった人たちの体験談などを掲載する「こころの悩みSOS」というページを開設した。家族を失ったり、いじめにあったり、病気で苦しんだり、さまざまな事情で生きづらさを感じている人がいる。それでも、生きることを選んだ人の思いを掲載していく予定だ。

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