漁船事故で逆転無罪「誰かが止めんな冤罪だらけに」漁師の闘い

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弁護団が模型で再現する事故時の状況。下の船が石井繁久さんの船=宮崎市で2022年1月27日午後3時9分、塩月由香撮影(画像の一部を加工しています)
弁護団が模型で再現する事故時の状況。下の船が石井繁久さんの船=宮崎市で2022年1月27日午後3時9分、塩月由香撮影(画像の一部を加工しています)

 「被告人は無罪」。無実を訴えた男性は証言台で涙した。漁船同士の衝突事故で一時意識不明の重体となり、退院した時には男性に過失があったとして事故の構図が固まっていた。業務上過失傷害などの罪で罰金刑の略式命令を受けたが、正式裁判で争うことを決意。逆転無罪を勝ち取った。「誰かが止めんな冤罪(えんざい)だらけになる」。そう誓って闘った男性の軌跡をたどった。【塩月由香】

月夜の衝突事故

 男性は、鹿児島県南さつま市の漁師、石井繁久さん(71)。石井さんが記憶する事故の概要は、こうだ。

 2017年3月16日午前1時35分ごろ、石井さんは、地元の坊泊漁港泊地区の浮桟橋から漁船を出した。午前2時に解禁されるキビナゴの刺し網漁のためで、兄2人も乗船していた。

 間もなく、沖合に1隻の漁船の明かりを月夜に確認した。船の向きを示す明かりは右舷を示す緑で、石井さんの進行方向の右前方にある別の船着き場に高速で向かっているように見えた。用心して針路を左に取り、港の出入り口に差し掛かったところで、先ほどの船が向きを変えていることに気付いた。約50メートル先から石井さんの船に高速のまま向かってきた。「危ない!」。大きく左にかじを切ったがよけきれず、相手の船首が石井さんの船の船尾右舷に激突した。相手の船体が甲板に乗り上げ、石井さんに向かってきた。

 石井さんは一時意識不明の重体となった。気付いた時は、病院で外傷性気胸の緊急手術を受けていた。あばら骨9本を折るなど約2カ月の入院を要する重傷を負い、同船していた兄1人も右肩に約4カ月のけがをした。石井さんは相手船の過失を確信していた。だが、退院すると、逆に石井さんに過失があったというストーリーで事故の捜査が進んでいた。

耳疑う1審判決

 串木野海上保安部(鹿児島県いちき串木野市)は事故後、先に118番をした相手船長の「減速して入港しようとしたら、石井さんの船が前を横切り衝突した」とする主張を重視しているようだった。退院後に石井さんが「相手が高速で突っ込んできた」と訴えたが、聞き入れられなかった。

 海上交通のルールとして、海上衝突予防法では、2隻の船が真向かいで衝突する恐れがある場合は、互いに相手の船の左舷側を通行するよう針路を右に転じなければならない(右側通行の原則)としている。串木野海保は17年12月、石井さんが衝突を避けるためにした左旋回を「(右側通行の原則に違反し)衝突を未然に防止すべき注意義務を怠った」などとして業務上過失往来危険と、同乗の兄にけがをさせた業務上過失傷害の容疑で書類送検。海保は、相手船長も両容疑で書類送検したが、石井さんだけが18年3月に略式起訴され、30万円の罰金刑を言い渡された。

 驚いた石井さんは…

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