この夏、甲子園に最も愛された一家 分散生活6人、聖地で気持ち一つ

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創思さんがいる二松学舎大付を応援する重川嗣忠さん(手前左)、利恵子さん(手前右)、友志さん(右奥)=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場一塁側アルプス席で2022年8月16日午後4時8分、山口一朗撮影 拡大
創思さんがいる二松学舎大付を応援する重川嗣忠さん(手前左)、利恵子さん(手前右)、友志さん(右奥)=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場一塁側アルプス席で2022年8月16日午後4時8分、山口一朗撮影

 阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)で全国高校野球選手権大会を取材したこの夏、ある一家に出会った。仕事や進学先の都合で普段は離ればなれに暮らしているが、兄弟が別の高校から甲子園出場を果たしたために集まることができたのだ。この夏、甲子園に最も愛された家族を紹介する。

 猛暑の8月16日午後4時過ぎ。3回戦を迎えた甲子園の第4試合で、二松学舎大付(東東京)が優勝候補の大阪桐蔭に立ち向かっていた。二松学舎大付の抑えの切り札、重川(おもかわ)創思(そうし)投手(2年)はこの日も出番に備えている。その姿をアルプス席から父嗣忠(ひでのり)さん(50)、母利恵子さん(50)、兄友志(ゆうし)さん(18)、妹菜穂さん(15)が見守る。

友志さんのいる浜田を応援する重川嗣忠さん(左)と利恵子さん=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場三塁側アルプス席で2022年8月16日午前8時11分、山口一朗撮影 拡大
友志さんのいる浜田を応援する重川嗣忠さん(左)と利恵子さん=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場三塁側アルプス席で2022年8月16日午前8時11分、山口一朗撮影

 友志さんはこの日の第1試合に登場した浜田(島根)の3年生で、下関国際(山口)に敗れた。結局、二松学舎大付も敗れ、一家の夢の兄弟対決はならなかった。下関国際と大阪桐蔭は結果的に次の準々決勝でぶつかっただけに、重川兄弟は甲子園で対戦する一歩手前まで行ったことになる。

 チームが異なる兄弟が同じ日に甲子園で試合をするのは極めて珍しく、家族にとっては一生の思い出となる“ダブルヘッダー”となった。父母と妹は朝は三塁側、夕方は一塁側のアルプス席に陣取り、兄弟の晴れ姿を見たのだ。7月25日に50歳になったばかりの嗣忠さんにとって、最高の誕生日プレゼントでもあった。

 しかも兄弟は大舞台で活躍した。先に試合を迎えた創思さんは札幌大谷(南北海道)戦と社(兵庫)戦でいずれも救援登板し、思い切りのいい投げっぷりで勝利を呼び込んだ。左翼手の友志さんは有田工(佐賀)との初戦の二回、2死満塁のピンチで、浅い飛球を前へ突っ込んで好捕。1点先行されていただけに相手への流れを食い止める大きなプレーとなり、逆転勝ちにつなげた。

「友達と野球をしたい」

 嗣忠さんは広島県の旧音戸町(現呉市)出身。家業の水産加工業などに就いた後、22歳の時に体調を崩して広島市内で入院し、看護師だった同い年の利恵子さんと出会って結婚した。利恵子さんは島根県の旧旭町(現浜田市)出身。嗣忠さんの勤める会社は転勤が多く、友志さんは福井県、創思さんは佐賀県で誕生した。

4きょうだいがそろって野球をしていた頃。後ろが長男恵詩さん、前列左から長女菜穂さん、次男友志さん、三男創思さん=2014年11月15日、重川嗣忠さん撮影 拡大
4きょうだいがそろって野球をしていた頃。後ろが長男恵詩さん、前列左から長女菜穂さん、次男友志さん、三男創思さん=2014年11月15日、重川嗣忠さん撮影

 兄弟の上には長兄の恵詩(けいし)さん(22)がいる。愛知県豊川市に本拠を置く社会人野球・東海理化の投手だ。当時社会人野球の大舞台の一つ、日本選手権の予選を控えており、弟たちが夏の甲子園で躍動する姿はテレビ観戦した。自身は立てなかった舞台だけに「うらやましい」の思いの一方、なかなか会えないだけに「こんなに大きくなったのか」とも感じた。

 重川家と野球との関わりは、大分県に住んでいた2007年に始まる。小学2年の恵詩さんが、同学年の田中瑛斗(えいと)さん(23)=プロ野球日本ハム投手=に軟式野球のチームに誘われた。「友達と野球をしたい」と恵詩さんは喜んで応じた。次に住んだ埼玉県でも野球を続け、家族的な雰囲気だったチームに小学1年だった友志さんと幼稚園の年長組だった創思さんが加わった。菜穂さんが兄3人と一緒にボールを追った時期もある。家族の引っ越しはその後も福島県や茨城県へと続いた。

相手の打球を好捕する浜田の左翼手・重川友志さん=阪神甲子園球場で2022年8月13日、滝川大貴撮影 拡大
相手の打球を好捕する浜田の左翼手・重川友志さん=阪神甲子園球場で2022年8月13日、滝川大貴撮影

 球児にとって甲子園は何ものにも代えがたい聖地。高校進学を控えた恵詩さんは4人の子どもを育てる父母の経済的負担も考えて「公立で甲子園が狙え、かつ選手寮がある高校」を探した。浮上したのが母の母校で島根県立の浜田。その時点で春4回、夏11回の甲子園出場を誇る古豪だ。

社戦で登板する二松学舎大付の2番手・重川創思さん=阪神甲子園球場で2022年8月14日、前田梨里子撮影 拡大
社戦で登板する二松学舎大付の2番手・重川創思さん=阪神甲子園球場で2022年8月14日、前田梨里子撮影

 浜田では指導者に恵まれた。恵詩さんが2年になると、監督に同校OBの和田誉司(たかし)・現島根中央高コーチ(39)が就任。プロ野球ソフトバンクのレジェンド・毅投手(41)の弟だ。和田さんは恵詩さんに上手投げから横手投げへの変更を提案し、125キロほどだった球速は17年の3年夏には142キロへ大幅アップ。島根大会には背番号1で臨み、準決勝まで進んだ。

 友志さんと創思さんはいずれも中学1年から茨城県の友部リトルシニアに入って硬式野球に取り組んだ。練習は厳しく、友志さんの方は「やめたい」と訴えたこともある。友志さんは恵詩さんと同じ浜田へ。入学当時の監督は和田さんだった。高校入学当時の友志さんは身長160センチと小柄だったが、和田さんによると「重川の弟は3年になったらレギュラーを取るんじゃないかと(浜田の)コーチ陣は話していた」といい、その通りになった。創思さんは誘いのあった二松学舎大付を選び、寮に住む。

やりたいことを応援する

 4きょうだいは今、それぞれの道をまい進している。恵詩さんは将来のプロ入りが目標だ。友志さんは大学受験を乗り越えようと準備に必死。創思さんは背番号1を背負い、来年の春と夏の甲子園を目指し猛練習の日々を送る。菜穂さんは来春、高校に入った暁には好きなバスケットボールに打ち込みたいという。恵詩さんは「4人が好きなスポーツをできるのは両親のおかげ」と語った。

 嗣忠さんは子どもたちについて「期待ではなく信用している。思い描いたことを全うしてほしい」。変わらぬ教育方針は「やりたいことを応援する」だ。現在、家族の家は東京都練馬区にあるが、嗣忠さんは埼玉県内に単身赴任中で、6人は5カ所に分散して暮らしている。重川一家はまた、どこかの晴れの舞台で集まり、互いに成長した姿を確かめ合うに違いない。【山口一朗】

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